初めて小瓶を流させて頂きます。
私は、高校一年生です。春から、第一志望だった高校に進学して、部活動もしています。部活動は少し忙しいですが楽しいです。
突然ですが、私はなんでも面倒くさいと感じてしまいます。例えば、母から頼まれたことだったり、友人と一緒に話したりすることを面倒くさいと感じてしまいます。
ここまでは、よくあることだと思うのですが、最近は、部活に行くことや、ご飯を食べること、お風呂に入ること、更には、寝ることや起きることさえも面倒くさいです。
部活の友達や先輩、後輩(中高一貫のため)はみんないい人なのに…
寝ることも食べることも好きなのに…
やることが多すぎるわけではないのに…
それらを面倒くさいと思ってしまうのです。
さらに、私は面倒くさいと思うことを時々、甘えだと考えてしまう癖があります。
例えば、やらなければいけないことをAとします。Aをやらなければ!
→やりたくない…面倒くさい…
→でも、Aをしっかりやらないと叱られてしまう!
→でも本当にやりたくない…本当に面倒くさい… →やらなければいけないことをしないなんて、ただの甘えだ!
と考えてしまい、泣きながら、やらなければいけないことをやることも少なくはありません。
いろいろなことを面倒くさいと思うあまり、最近は家に帰ってきたら、自分の部屋にこもってばかりで、やらなければいけないことをせずに、あと伸ばしになって苦しくなってきています。
本当は、両親と話す回数をもっと増やしたいし、やらなければいけないことをあと伸ばしにして、自分を苦しめたくもありません。
このことを親に相談すると「そんなことないよ」「いつか治るよ」など前向きな言葉しか返ってきません。
友達に言うにしても、部活の友達に言って、私がその部活の友達に会いたくないとも思わせたくはないですし、学校の友達に言っても、「大変だね…」としか帰ってこないような気がします…
全てのことを完璧にしようという考えがあるから、ダメなのでしょうか?
優先順位がつけられない時は、どうすれば良いのでしょうか?
目標が高すぎるのでしょうか?
私はどうすればいいのでしょうか?
初めて出す小瓶でこんなに語ってしまい、ごめんなさい…
最後まで読んで頂きありがとうございます。
できれば、アドバイスやご意見、ご感想等がありましたら、返信していただけると嬉しいです。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
学生さんにはあまりおすすめできない考え方なんだけど。
食べる、寝る、ちょっと運動する、ぼーっとするリラックス時間を過ごす。
身近なルールは故意に破らない。人に悪口や嫌がることをしない。
みたいに、ご自身の健康維持と社会のマナーをある程度守っていれば、人としては十分。
大人なら、労働と学び。学生なら、学び。も、もちろん必要ではあるけど。まずは健康。
「Aをしっかりやらないと叱られてしまう!」これって、健康維持に関すること?もしも勉強のことであるなら、「今度の土日はしっかり勉強を休む!」としたとしても、そんなに叱らないでほしいなぁと一有権者として思う。
面倒くさいを無理矢理やって涙は、甘えではなく、心の疲れのように思う。
「叱られてしまう」もちょっと気になるんだよね。小瓶主さんにとっていい方に導くために「叱る」のが理想。
だけど「Aをするのは当たり前だから、やらないと叱る」は「相手をコントロールするための怒り」に近い。こっちの叱るは、良くない叱り方だと思う。
もしくは、小瓶主さんが過去に叱られて怖かったときのことを感情付きで思い出してしまう、過去の恐怖かな?
実際には、2〜3日くらいは休んでも叱られないなら、まずは休んでみてもいいと思います。
ななしさん
もう、気質や性格の問題だと割り切るしかないと思うのですが、それは難しいですか?
世の中の動くペースが、全ての人に合っている訳ではありません。
むしろ「競争」や「稼ぐこと」に焦点を合わせすぎて、かなりハイペースで動ける人向けに設定されてしまっているのが実情です。
日本以外の国の教育を少し調べてみてもいいかもしれません。
北欧とか、オランダとか、フランスとか。
今の生活だけが世界の全てではないと体感できれば十分です。
あとは自分の特性を吟味し、理解して受け入れて、その上でやることを取捨選択し、自分のペースを守りながら生活して行くにはどうしたらいいか考えて行かれてはどうでしょうか。
「世間が期待するいい子」像に自分を当てはめすぎると、それが本来の自分とかけ離れていればいるほど燃え尽きの危険が高まってしまいます。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください