ifを考えることそれ自体が現実逃避て無意味なんだってことは理解してる。
だけど、もしあのときもうこれ以上この家では暮らせないと尊敬している祖父の元へ家出していたらどう変わっていたのかなといいう気持ちは消えない。
彼は唯一尊敬している大人。父は理不尽な事で暴力を振るう人だった。何発も殴ることはしないから訴えても敗訴するだろうけど。祖父はちゃんと言葉で説明してくれて幼稚園児のときでも怒られたことだけはなく愛情を感じられた。
中2のとき中間テストを体調不良で休んだんだけど見込み点がもらえると校則に書いてあったから通知表は影響ないかと信ていた。期末いい成績だったし。だけどもらった通知表は酷いものだった。中間は0点と考えられたとしか思えなかった。何度も名前を確認して担任に理由を聞きに行こうかと思った。でもそれがあなたの実力とか言われたら立ち直らないとかといろいろ考えて聞けなかった。通知表が自殺勧告に思えて自殺も生まれてはじめて本気で検討した、でも通知表を実力だと認めることになるのも許せなくて自殺したらを認めたことになるものも許せなくて何本も電車を見送って自宅に帰った。
このときもし父と暮らすのは限界だとかどれだけ頑張っても認めてくれない親とはもう同居したくないと祖父の家に家出していたらと。何も変わらなかったとして、も心は救われていたかもしれないという思いが消せない