高校1年生になり、高校は違うものの仲が良かった友人との関係がうまくいかず、自分の行きたくない高校に行って毎日がストレスです。どうしたらいいのですかね。死にたいって気持ちは中3の夏からあります。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
放浪の旅
そうですね。
1つ言えるのは視野を広げてみようということかな。
今の君には心を苦しめる話をするね。
仲の良かった友人の人にも、生きている生活圏ってのがあって、そっちに重きを置いちゃう。実際に君も辛い生活圏の中にいるという認識を持ってほしい。
もし仮にこの立場が逆だったら、君はどう思う。充実な日々を過ごしている時は「友達だけど面倒だなぁ」とあしらわれるだろうね。
むしろ、ここで親身になってくれる高校生は非常に大人びているよ。だから、君も仲の良かった友人も悪いわけではないのさ。
そこは理解してほしい。
次に自分の人生の味付けを行えるのも自分だということ。人は他人を変えることは出来ないが、自分を変えることはできるってわけ。
(この文章を書いている私自身がピエロに見えるだろうけど、何かしらヒントを与えられたらいいな程度に書いてます)
まず、自分の置かれている状況を受け入れることから始めてみよう。なぜなら、今の自分は自分じゃないと否定している状況であるからさ。
認めたくない現在の自分を見てみよう。
等身大の自分を、情けない自分を。
認めて、受け入れて、どうすればいいかを考えてごらん。
君のできることが見つかるはずだから。
もし見つからない時は、そんな時もあるから仕方がない。
けど、不満があるということは今のままの自分では駄目だということは頭に入れておくべきだね。
最後に、死=寿命が切れた時だと私は思っているよ。寿命は面白いことに運命なんじゃないかな。
50代で未だにニートの人も生きてる。
将来スペイン料理のお店を開くために職人として修行している最中に心臓発作で亡くなる人もいる。
だからね、自殺も予め決められた運命だと思うのよ。
命の価値も不平等って残酷だよね。
一つだけ覚えて欲しいのは、生きていても死んでも人間は他の誰かに迷惑を掛け続けるってことさ。
家族が生活を維持してくれている=生きている時の迷惑。家族が死んでしまった時の喪失感=死んでしまった時の迷惑。
この迷惑は前者の方が報われる。
死んでしまったら、残念なままの自分ので終わるだけじゃないか。
死にたい時に死んでいいのさ。
けど、人生は楽しく生きたいじゃない?
それも自分の選択すること。人生を楽しく生きることを許可するのも自分さ。
何よりも人生を楽しくしようと思って、この小瓶を流したって感じるよ。
まずは自分を見つめ直すことから始めてみよう。そして、どう生きたいかを問うことが楽しく生きる近道だよ。
んじゃ、お節介もこの辺で。
頑張れとは言わないが、マイペースに行こう。
希死念慮があるのは「とても辛い」ですよね、、、小瓶主様は悪くはないので、それに対して「生きたい」と思えるような生き甲斐や心の支えを見つける事が最優先だと思いますよ、それと上手くストレスを発散する事も大事ですから、時には両親に相談してみて下さいね、くれぐれも無理はしないで下さい。
ななしさん
環境の変化というものは、誰しも物凄いストレスを感じます。大人になっても同じです。
しかし、社会で上手く生きている人々は、環境の変化を受け入れる事が出来る人です。
諦めという感情とは違いますが、これが今は当たり前なんだ、という前向きな気持ちを持ち続ける事が大事ですよ。
世間では、人間として優れているとされる人々は、金持ちや見た目、肉体的な強さでは無く、環境適応能力が高い人間と言われています。
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