るんるん気分の時はいいんです。
多少へこむことがあっても、(これくらい、なんとかなる!)と、切り替えられます。
何かのきっかけでマイナスのスイッチが入ってしまうと、嬉しいことがあっても、すぐに(こんなことで喜んでいたらダメだ)と、卑屈になってしまいます。
そして、マイナスのスイッチが入っている時にマイナスなことがあると、立ち直るまでにとても時間がかかります。
私はうつ病であり、薬を飲んでいます。
こういった、感情の落差が激しい症状は、私がうつ病だからなのでしょうか?
しかし、「『うつ病』だから仕方ない」という言葉で片付けてしまうのは、なんだか甘えな気がします。
もう何がなんだかよくわかりません。
私は、病気のせいにして逃げているのでしょうか?
甘えてもいいのでしょうか?
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
名前のない小瓶
お返事ありがとうございます。
今自分で小瓶を読み返してみると、かなり切羽詰まっていたように思えます。
焦っている時ほど、苦しい時ほど、自分のことを客観的に捉えられるようになりたいと思いました。
また、その時の感情を否定しないであげたいと思いました。
優しい気持ちを、本当にありがとうございました。
冬
最後のご質問に答えるとしたら、甘えてもいいですよーだと思います。
無理じゃなかったら、そして覚えていたら、マイナススイッチの入る「何かのきっかけ」に気がついてください。
誰かの言葉かもしれないし、選択しなくちゃならない瞬間かもしれないし、雨の降る前とか気圧の変化かもしれないし。
入ったスイッチに気がついたら、ああ、マイナス思考になったなぁって、ご自身を他人みたいに眺めて(認めて)見てください。
それだけ。
甘えたらダメとか、頑張らない自分はダメだとかジャッジしないでね。してもいいけど、そしたら「ああ、私はジャッジしてるんだなあ」ってまた眺める。これをマインドフルネスといいます。
元々、あなたが誰かに(まあたいていは親ですが)甘えたらダメって言われたんだと思う。そしてそうしないと嫌われちゃう!って思い込んでんだと思う。
世の中甘えてナンボ、って宇多田ヒカルも言ってるから(笑)、自分だけで物事なしえる、なさなきゃいけないって思いは尊いかもしれないけど、すげえ縛りだと思う。それが辛いと思えばもうその人の感覚で緩めていいんだと思うよ。
ななしさん
甘えの反対って一体何でしょうね。
鬱の薬を出すのが「(鬱を治せない)お医者さんの甘え」なら、鬱って一体何なのでしょう。
マイナスのスイッチなんて、どこにもないのかもしれません。悲しい時なのだから別にどうしようもなく悲しくていいはずです。
「誰かの自責の念」が定期的なお金になるなら、今の世の中は何でもいいと思っているのではないでしょうか。
あなたの自責の念が、鬱という型枠にはまり誰かのいいお金になる、そんな世の中が私は悲しいです。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください