21220055.未だ私に構ってくれる大学の後輩が何人か居るのですが、その内の一人に、何故か私のことを「師匠」と呼ぶ男が一人居ます。彼はここ数年、筋トレの狂気に憑りつかれてしまって、今ではザンギエフみたいな背中をしています。そんな彼から時々、お酒を飲みに行ったり、サウナに行こうと誘われることがあります。
先日もお誘いの連絡が来ましたので、何処に行くのかと聞いてみると、前々から何となく気になっていたスーパー銭湯の名前が出ましたので、ついでにどんな感じなのかを聞いてみました。温度から香りを含めて種類が豊富な所らしい。併し、彼の一押しポイントは混浴であると云うことなのです。そんなサウナがあるんですか、とニワカの私は驚いてしまったのですが、調べてみると彼の言っていることは本当のようで、水着着用必須と云う訳ですね。レンタルも出来ると云うことでしたけれども、まあ、水泳で使っているモノで良いか……と金曜日の仕事上がりに二人で行ってみることでした。
結論から言いますと、時間帯、曜日の問題なのか、殆ど客は居らず、貸し切り状態です。そもそも人が居りません。彼は少しテンションが落ちているようでしたけれども、最も高温の薄暗いサウナルームでだらだら汗をかいていた所――私の記憶が曖昧な為、出典が不明なのですが――昔読んだ小説の一文に、お湯に浸かる女体に関する記述があったような、そんなことを考え始める。
女の白い足を茹でた鶏のように表現するような描写があった気がしますけれども、よく思い出せない。併しながら、海で見るそれとは確かに異なる表現をするのが道理な気もする。
(後日、自宅の本棚をあさってみたのですが、結局、それらしい描写がある作品は見つからず。chatGPTに聞いてもみたのですが、案の定、谷崎潤一郎が筆頭候補に上がる。手元にあるモノを読み返してみましたけれど、見つからないんですよね。チャッピーは痴人の愛をやたらと推して来ましたけれども、流石にそんな有名所の描写を忘れる程に衰えてはいない筈。短編の中にあるのだろうか、と質問を重ねていると江戸川乱歩を候補に挙げて来ましたけれども、流石にその線は薄いと思うねん。個人的には田山花袋とか永井荷風の可能性もあり、案外、川端康成だろうか、と考えてみるも、著作権上の問題であまり参考にはならず)
――とは云え、人の体をじろじろ観察する趣味は無いので、額の裏で湯船に浸かる人間の肢体について考えてみる。
当時、交流のあった人と遊びに行って、海辺の宿に泊まった折、部屋の露天風呂に浸かったのですが、確かに、そこには冷水や塩水に沈むのとは異なる、別のフェティシズムが感じられて、向こうがそろそろ上がろうか、みたいな感じだったのを止めて、申し訳ないんじゃけど、もうちょっと浸かっててくれないすかね、とか私が言うのを、何故そんなことを真剣な風に言うのかと笑われたことを思い出す。
あまり官能小説の類は読まないのですけれど、檜風呂と湯気は汗ばむ肢体をより艶めかしく見せるのかもしれません。陰影礼賛? 血の通う肉の絶えず蠢く様を克明に写す、それは、青い海が砂浜の白さをより際立たせるようなものかもしれず。私には特別の主張は無いのですが、確かにこの蠢くキャンバスに色を入れると言う刺青ないしタトゥーの文化的な側面には、芸術と云う観点からも一考の余地があるような気がする。
こんなことを考えて行くと、女体その他諸々への崇拝が、微妙に侮蔑と結びつくと云う古い作家評論も一理ある。少なくとも、性別の違いと云う点以前に、相手を物質的に捉えているような気もする。
そんなことをぐるぐる漠然と考えて居ると後輩が、
「師匠、それでは僭越ながら、ロウリュさせていただきます」とか言い始めるので、頼みますわー、と適当に相槌を打っていると、
「先ず、基本の3回。併し、あえてここで追加のロウリュをします」とか言い始めて、1度に七回も柄杓で水をかけている。
「ちょっと一気にかけ過ぎでは……?」と思った時にはすでに遅く、もう部屋の中には居られないような熱波が襲い掛かって来る。
「師匠! これは不味いです! 避難しましょう」と言って我先にサウナルームから出ていた。
深い水風呂に入り、その後は外気浴で熱を飛ばして、無料の昆布だし?みたいな温かいモノを飲んで、気付けば閉店時間に。ふたりでいそいそと会計をして、その日は解散となりました。
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