自分って、絶対死ぬし、
あの人もこの人も
ぶっ殺さなくても、永遠に生きることはないし。
生きている人が生きている間、亡くなった人の記憶は持ってるかも。
でも、死んだら、それは終わり。
順繰り順繰り。
どうせ死ぬのに、を
どう解釈するか?
人は、何のために生きているの?という質問に
とある先生が
「人は経験するために生まれてきたんだよ」って
言ってたのね。
私、すごく、あーー
うんうん!って納得。
でね、
冒頭に戻る。
どうせ死ぬし、じゃなくて、絶対死ぬし。
じゃあ、生きている時間の中で、色々さ、感じるけど
最後には、自分を知る人も誰もいなくなるし
じゃあ、好きに生きればいいじゃんって思う。
恥ずかしいとか、みっともないとか、そういう苦手な感情も
なかったことにしてやり過ごしても
大抵、別の形で追っかけてくるし。
受け入れた上で、それでも、やりたいことあれば
やりゃあいいんじゃない?って
わたしは思ってる。
やってないから、知らない(知識じゃなくて)ことは
山ほどあると思うんだ。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
まりちゃん
主)
>冬さん
わあお!お返事うれしいっ
名越先生のその本、読んでみたいって思って、すっかり忘れきっていた〜〜
仏教、禅に傾倒って、すっごい共感します。
わたし、無宗教ですが、八百万の神・・養老さん系の思想に腹オチしているのでニュアンスめっちゃフムフムです。
そうなんですよ〜〜〜
経験値、アクションだけなら、ヤンキーと同じです。
そこで自然に何に気づくか?
拾い上げることができるか
なんのための、自分に何を見せるための「お膳立て」(自作自演劇場も込み)なのか?
その視点で物事を見ることが多いかな?
(しんどい時は、クルクルパーで無理だけどね)
わたし、やっと、他人からの好意とか感謝とか受け入れられようになってきたよー
まだ、手動だけど、それはそれで愛おしいです。
わざと、不器用ルートに行きたいのかな?
クラフト感好きだから、だったりしてっ!
冬
お久しぶりです!
うんうん、って思いながら読みました。
「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」って名越康文さんの本を読んだばかりだから色々共鳴しました。
最近体験はただやったじゃなくて、それをどう感じるか何を受け取るか、ジャッジしないで寄り添ってみること、という感覚があります。
私は名越さん同様、仏教や禅に傾倒し始めているので特にそうかもしれません。
答えのない人生の旅の中で、こうしてまりちゃんにお返事できることもまた経験です。この経験は私にとってとてもありがたく、楽しいと感じています。感謝。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください