高校に入って、やっと学校になじめるようになった時、みんなの特技がわかってきて、
あたしだけ抜きん出て得意なものがない…
あたしはインターナショナルな学校に入学して、その理由は英語を勉強したかったから。
中学の時は、英語苦手な人が多くて、「あたしは英語ができる方なんだ。」と思っていたけど、やっぱり英語得意な人が多くて、毎日打ちひしがれるばかり…
苦手ではないんだけど、上を見る度に悔しさを感じる、みたいな
それと、あたしは自閉症とADHD持ちで、提出物出したり、忘れ物をしないという基本的なことができない。。。
テストが苦手な子も、提出物はきちんとできているから、そこが余計にプレッシャー…
(勉強面で困ったことは少ないけど、親から、提出物はー?!とか、先生に、忘れ物をしましたと言ったら呆れられたりすることが怖い)
メモもきちんとしてるのに、なぜか忘れてしまう…
裁縫とかも苦手で、女だから裁縫はできて当然、みたいな空気が苦手。、
今日も家庭科で最後まで居残り、みんなテスト休みなのにあたし一人だけ学校に来て作業、恥ずかしいったら……
手先が不器用すぎて、親戚からも「どんくさいね笑」「不器用すぎ!!」って笑われてます。あたしはつらいけど、そこで悲しんだら赤ちゃんみたいって思われるから悲しむことに蓋をしている。
保健の先生に、泣いてる時に「なんで泣いてるの?赤ちゃんみたい笑」って言われたことがショックで、思うがままに泣いたり、悲しんだりできません…
きっと先生や親も、こんなあたしなんか早く消えればいいと思ってるだろうし、友達も、ネガティブなことばかり言ってるあたしを正直うざいと思っているだろうから、
あたしっているだけで迷惑な存在だな…と、毎日思うばかり、
おまけに死ぬ勇気もないから、途方もなくてこんなことばかりしか書けない…本当にあたしは人間の最底辺、クズだ。
文を書く力もない、ごめんなさい、でもこれを読んでくれただけで嬉しい。。
とにかくずっと思ってるのは、あたしは人間のクズ、酸素の無駄。。。ネガ女、はやく寿命尽きて消えたい、と思います
心を開いて話せる人がまわりにいないのはつらいですよね。すごくよくわかります。
学生のうちは家族と学校くらいしか人間関係がありません。ドラマやアニメを見ていると、そういう中でも気の合う人や心を許せる人が何人もいるのが当然、みたいに感じてしまいますが、そんなことは決してないです。ひとりひとり考え方や感じ方が違うんですから、波長の合う人が家庭や学校にいるというのはむしろ奇跡に近いです。
今はネットでもそういう人を探すのが難しくなっているかもしれませんが、世界はずっと広いです。今まわりに安心して話したり感情を見せたりできる人がいなくても、必ずどこかにはいます。だから、今の人間関係だけで自分の価値を決めないで。
抜きん出たもの、基本的なこと、というのも同じです。他人と比較して優劣をつけても、それは環境によって変わるもの。あなた自身の価値ではありません。
例えば英語がどれほど上手だろうと、使う機会がなければ抜きん出ていると感じられることはないでしょう。
またインターナショナルな学校ならすでに外国人との交流経験があるかもしれませんが、外国人から見ると、日本人はたいていのことが桁外れに上手に細かくできます。多少不器用な日本人がいても、彼らの目には不器用などとは映りません。でもそれは日本人が優秀だからでしょうか? 違います。彼らにとって日本人が普通にできるべきと思っていることの多くはどうでもいいんです。むしろ日本人のやり方が不必要に完璧を目指している、非効率でつまらない生き方だ、人生のもっと大事なことに労力を傾けるべきだ、と思っている人も珍しくありません。
どちらが正しい、どちらが優れている、というのはごく限られた環境の中だけの話です。今いる環境で上を目指すことは無価値ではありませんが、かといって自分をさげすむほど気に病むことでは決してないと思います。
他人や周りに自分の価値基準を置かずに、自分の中に見つけてください。自分の好きなこと、やりたいことにもっと注目してください。そしてそれを精一杯楽しんでください。
そうしたらいつか、周りの言うことや他人と比べることなんてささいなことと思えるようになります。
将来インターナショナルな道を目指すならなおさら、自分の中にしっかりしたコアを持つことは大事になっていくと思いますよ。