遂に手をあげてしまった。まだたった1歳11ヶ月に。頭を思いっきり引っ叩いてしまった。しつけ?違う。明らかに暴力。イラッとして引っ叩いた。母親失格だよ。もうダメだよ。一線を越えてしまった。一番なりたくない母親に成り下がった。私の母のようにだけはならないと我慢してたのに。やはり私には無理だったんだ。消えてなくなりたい。母親が居なくなっても幸せになれるのだろうか?なぜ幼い私を置いて逝ってしまったのかと。恨むだろうか?こんな世界に置いてくなと怒るだろうか?一緒に連れてってほしかったと泣くだろうか?この子の命を私は摘んではいけない。この子にはこの子の人生がある。しかし私はその素晴らしい人生にミソをつけてしまう。生きようが死のうがどちらにしても汚点でしかない。ならば最初から無かったことにして一緒に連れて行こうか?我が子を手にかけるべきか否か。もう私は疲れた。初めて死のうと思ったのは小学3年のとき風邪薬をたくさんのんだ。それから車に飛びたりしたりもした。20101210私の命日になる予定だった日。三途の川も渡ってお花畑にも行った。なのに意識を取り戻してしまった。なぜだろう?なぜ生き延びてしまったのだろう。娘はかわいい。でもこんな母親で本当に本当にごめんなさい。死にたくて死にたくて死にたくて
でも娘と離れたくなくて、ただのわがまま。
私がいなくても幸せになってくれるかなー?
いじめられたりしないかなー?
ちゃんと助けてくれる人見つけて!絶対味方になってくれる人見つけなきゃダメだよ!
ママはいつだって味方だけどもう側にはいられない
ママは毒だから
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
子供の頃、母親によって虐待をされていた女性が、母親になった時に今度は自分の娘を虐待してしまうという状態を指します。逆に自分の娘を愛せない状態を「白雪姫の母コンプレックス」と呼びます。
白雪姫の美しさを妬んだ母親によって殺されそうになってしまう、グリム童話の「白雪姫物語」から命名された症候を言います。
グリム童話の「白雪姫物語」は、物語では継母が殺そうとする物語として知られていますが、実は初版のグリム童話では、加害者は実母となっています。日本でも実の親が子どもを虐待し死なせてしまう報道、頻繁にあります。佐藤紀子は「かつての被害児こそ加害者に最もなりやすく、かつ数世代にもわたる無力感と攻撃者同一化の系譜」と日本の虐待の問題に警鐘を鳴らしています。
私は、被虐待児だった母親自身の傷ついた心を癒す作業、カウンセリングが必要だと、強く思っています。ご自身が白雪姫・コンプレックスなのでは?そう思わる方はぜひご相談ください。
これはネットのサイトからの引用です。あなたのそのような行為はもしかしたら症候群によって引き起こされているかもしれません。もしよろしければ参考までに。あなたの味方になってくれる人はたくさんいます。これ以上1人で苦しまないで。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください