私は中学校時代の酷い虐めが原因で精神病になりました。いわば社会の「被害者」です。
そして酷い精神科医にかかり病気が一層重くなってしまいました。これも「社会」から受けた「被害」です。
いわば「交通事故の被害者」と全く同じです。しかし「社会」からは精神病患者は「差別」を不当に受けます。私は受けて来ました。そして受けています。これからも受け続ける事でしょう。
しかし「被害者」が何故「差別」されなければいけないのですか。「理不尽」ではないでしょうか。
交通事故の被害者や犯罪事件の被害者は「社会」から「差別」を受けませんよね。本来それと同じ事なのに「不条理」です。
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ななしさん
一通目のお返事の方へ、
どうもありがとうございます。
そうですね、過去にとらわれていても何にもなりませんですよね。
ありがとうございました。
名前のない小瓶
いいえ。事故や事件の被害者も差別や理不尽な攻撃をされますよ。ニュースで特集されることもよくあります。
私も学生時代は8年間いじめられました。仕事で精神を病んだ経験もあるし、そのときは医者にさじを投げられました。小さい頃から体が弱く、明らかなやぶ医者も何人も見てきました。中には親子揃って医者で、親の医療ミスを子が隠蔽したこともあります。当時はまだ学生で何が起こっているのかわかりませんでしたが。
でも理不尽を感じはしても、自分を社会の被害者だと思ったことはないです。
なので社会の被害者として自分をとらえたらどうなるか想像してみたのですが、これ、つらいだけじゃないですか?
いくら自分は被害者だ、誰々が加害者だと言ってみても、そしてその考えにまっとうな根拠があったとしても、相手が罰を受けたり、自分が被害を受けることがぱったりなくなったりするわけではないですよね。特に相手が社会という漠然としたものであれば。
それに被害者の立場は自分を正当化しやすいので、そこに安住しやすくもなります。
被害者の立場が居心地いいなら何も言いませんが、もしそこから抜け出したいなら、その考え方自体を見直した方がいいのではないでしょうか。
加害者を認定して何かいいことがあるのでない限り、その考え方は何も生まないし変えないと思います。
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