一本の道に例えて、未来が前、過去が後ろとする。
よく、後ろ向きな考えとか、前向きに考えようって言いますよね。
要するに、前向きって、未来を向いてるっていうことなのかな。
どうせ私は~だからこれからもきっとダメなんだ…とかいうのは、過去の自分を基にした考え。
今までは~だったけどこれからはこうしてみよう…とかいうのは未来の自分に対する考え。
何かそんなふうに考えると分かりやすい。
前向きって、未来に視線を向けることでもあるんだな。
よし、さっそく意識してみよう。
ほんと私、すぐ後ろ向きな思考になっちゃうから
これはいい発見かも。
自分のメモがわりの小瓶でごめんなさい。
でも、何か分かりやすくないですか?
もしかして、私には発見でも、世間では常識だったらちょっと恥ずかしいな…。
ま、でも、いっか。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ええやん。
俺の考えてるイメージよりも、よっぽど感覚として解りやすい言葉の表現だと思う。
それに、小瓶主さんにとっての発見なんだし、いわばあなた自身の為の、考え方や、自分自身への向き合い方という基礎作りみたいなもんっしょ。
小瓶主さんご自身にとって解りやすいのであれば、その方がいいと思う。
あんまり関係はないけど、年齢に比例して経験数が多くなるとはいえども、年齢の高さが、経験から学んで身に付けたものの数や、知識の数を表しているとは必ずしも限らん。(不意の間違いや忘れている事もあるし)
誰しも、知らない事は知らないし、経験から何を学ぶのか、学ぼうとするのかというのも、運のような要素もあって、違いのあるものだ。
(それが一人一人の常識を形成する)
世間常識っていうのはそういう事の集合体だと思うので、一人一人価値観が違うのだから、一人一人の常識に重なる所があり、似る部分はあれど、それぞれどう思い、感覚として持っているかも違うものよ。
(また、だからこそ常識、マナーというのはその違いから来るいざこざを少なくしよう、思いやりのある行動を取ろうという、推奨される決め事、ルールでもある。法であれば義務だったり)
長ったらしくなったが、早い話、個人が口に出していう「一般常識」というものは「知っていて当たり前」という前提で使えるような言葉ではないって事やな。
(だから恥ずかしいという事はないぞ)
そうだな…、小瓶主さんの小瓶を見て、自分の感覚がどうなのか整理しつつ、文章として表してみたくなった。
個人的には、別の捉え方というか、また違った解釈からの表現なんだけど、過去も未来も同じものとして考えてるから、「最終的に今、どうすれば良いかへと繋がっている」というのなら良いんだと思ってる。
過去も未来も、どっちも見ようとしすぎたり、考え込みすぎると、どうしても「今」が疎かになりがちだからね。
…まあ、かと言って、未来や過去の事を考えないというのも、ちょっとした問題が出てきたりする。(予測や反省がなくなる)
過去と未来含め、今見えるものが何かを知り、それに対して何が出来るかを考える。
その、現在という地に、足がついている程度のバランス感覚というのかが、大事なのかもしれんと思っとるよ。
なんと言えばいいか、思考と身体の動きは、お互いがお互いを補い合っている、みたいな感じだからな。
己が身一つの上、誰か他の人に片方の能力を頼らない、という前提で考えると、どっちか片方が能力の高さや、実行回数として行き過ぎれば、片方を置き去りにしたままでは困る時が来やすくなるのかもしれん。
まあ、テストとか、仕事とか、車の運転とかしてたら嫌でも思い知らされるんじゃないかな。(俺にはどれもないが)
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