岸田秀 氏の『不惑の雑考』という作品に、
子どもはおとなの発見と同時に、おとなではないもの、いわばおとなのネガとして発見されたのである。発見者は自分をおとなだと思った人間である。子ども自身が、おれはおとなとは違う子どもだと言い出したわけではない。
という一節があった。
どこからがおとなで、どこまでが子どもなのか。
おとなとは何なのんか、子どもとは何なのか。
そんな内容のお話ですごくおもしろかった。
ぼくも一緒だと思った。
ぼくは男の子として生まれた。
からだもこころも男の子。
男の子がすきなだけの、男の子。
だから、ぼくは別に【ゲイ】じゃない。
そう思ってはいけないだろうか。
だれだって好きでゲイになんかならない。
いま【ゲイ】にあてはまるひとは、そうじゃないひとたちに、勝手にそうカテゴライズされただけ。
ぼくゲイになる、て1人目が言い出したわけじゃない。
この【ゲイ】ていう名称ができるずっと前から
からだとこころが男性で、男性がすきだってひとは
少数だったかもしれないけれど居たのだから。
世間ではふつうとされるノンケ(ストレート、ヘテロセクシュアル)のひとたちが作り出したから【ゲイ】が生まれたわけであって。
じゃなければ、いま世の中に溢れるあるひとつのものとそうでないものとを、半ば強制的に隔てることばなんてなかったはず。
要するに【ゲイ】なるものを作るということは、同時に【ゲイじゃない】ものも必ず生まれるということ。いまではよく耳にするLGBTもそう。
LGBTのひとが私LGBTなんですー、なんて言い出さない。
そうじゃないひとが(つまりマイノリティではないひとが)、自分たちとは異質なものを区別するためにできたことば。かなしいけれど。
人間、自分とは違う(と思った)ものはきらいだよね。
自分には理解できないのものを、必要以上に嫌悪する。
人数が多かったほうの勝ち。少数派は負け。
だからいじめていい。だから差別してもいい。
だってみんなもそうしてるから。
そういう思考に支配されてしまうひとは残念だけど居る。
あえて【ゲイ】なんて言わなければ
おれさ、最近〇〇ちゃん気になってんだよねー。
けっこーかわいくね?お前はさ、どう思う〇〇ちゃんのこと。別に。おれ女子に興味ないから。それより××のほうがすき。あー××な、いいよなあいつ。性格いいしイケメンだし。うん。
くらい自然だったんじゃないのかな、なんて誇大妄想狂になる瞬間もある。
(言い換えれば、男性がすきな男性が居ても何もおかしくない世界が存在していたかもしれないな、と空想してしまうというわけです。)
だから、言いたくなかったら(ゲイのひとね)あえて自分のこと【ゲイ】だ、て言わなくてもいいと思う。だって【ゲイ】じゃないでしょう?あなたは男性で、恋愛対象が男性。ただそれだけ。
あなたは世界でたったひとりの【あなた】でしかないのだから、既成概念に囚われなくてはいけない理由なんてどこにもないはず。
もちろん自分で自分をゲイだ、と思って言うなら全く問題ないけど。
えらそうなこと書いてごめんなさい。
でも、もしほんのすこしでも(ゲイかどうかの話題に関わらず、ね)自分のことを特定のことばだけで表されたり不本意に他人から区別されたりするのに違和感とか抵抗とかがあるなら、言わなくてもいいよね。
きょうはそんなことを感じた日でした。
ここまでお付き合いいただき、どうもありがとう。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください