ずっと誰かに認められたかった。
そんな気持ちすら今は消えて、すっかり大人になったねって感じ。
いやもちろんまだ二十歳にもならないガキなんだけど、ある面になって大人になりましたねって話。
こんな大人になんてなりたくなかったな。
大人になってもそういう、子供じみた渇望を持ったままでいたかった。
誰かに認められる「あて」であった能力を、アイデンティティを、理由もわからないまま失って、深い暗がりに追いやられて数年経った。
もう誰かに理解して欲しいとはあまり思わない。だって分かるはずもないからだ。
病名すら原因すら名付けされないままで誰にも理解されずに何かを失ったままで生きる人間の気持ちなんて誰も知らないし、理解したいわけもないからだ。
みんな失った悲しみに暮れる人間を受け止めたいわけがない。
それって実は当たり前だ。
私みたいなよくわからない事例だけじゃなくて、そもそも、たとえば誰かが死んで悲しがってる人間をどうにか慰めたいと思う人間って、実はいないからだ。
絶望することに疲れた。
大人になって「先生」がいなくなったことへの絶望は、いつのまにか思い出しすらしなくなった。
それって成長なの? 諦めなの?
そんな問いに答えはない。
いつまでも先生がいる人生もあるし、最初から先生なんて存在しない人生もある。そのこと自体にはハッピーエンドもバッドエンドも関係ない。
私は私にいなかったそんな存在を投影していた人が人生の途中までぽつぽついた、それだけの話だ。それはもしかすればすべてが偽物の、それも悪質な偽物だったのかもしれないけど。
あなたはすごい存在だねって、すごくもないのに言われたかったんだ。お前はもっとやれると、言われたかったんだ。今さら言われたところでもうなんにも響かないけど。
頑張ったことに対して大げさに褒めて欲しかった。お前は天才だと言われたかった。それだけのために頑張れた。底に穴の空いた自尊心を満たすためのバケツにいくらだって蛇口から水をドバドバ注ぎたかった。
まあ、もう壊れちゃったから仕方ないんだけどね。
今更何を言われても響かないのは、この自尊心をギタギタに痛めつけて、そしてそのことに納得しなきゃ、この、最初は小さな穴でしかなかったのが、完全に底抜けて壊れた、水を貯めるための機能すら失われた器で生きていくことなんて到底できなかったからだ。
そもそもそれは壊れたっていうの? それとも、それってただ騙されにくくなっただけじゃないの?
どっちもおんなじことだ。
あんまこんな話しても意味がないんだけど、有意義なこと、何もやる気が起こらなすぎて。何したらいいのかわかんないし。
認められる価値なんて何にもない、馬鹿で、どうしようもない、愚図のノロマ。
自分のことそう思うようにしたらやっと息をするのが楽になった。だってそれが正しい認識だから。
そして楽になったからと言って生きる意味をそこに見出せるわけではない。
私は頑張ってたんだよ。認められる価値のある、頭の悪くない、どうかしようのある人間として自分を思い込むことで。
頑張り方が分からなくなった。
どうしようもない自分のために頑張る意味がわからない。だってどうしようもないのに何をどうして頑張る必要があるの?
みんなが私は無能力なんだと認めろというから認めただけなのに。
ああ、人のせいにしちゃった。
誰にも理解されない認識の中で苦しむことがトラウマだ。
それは、こういうことだけじゃなくて、なんにつけても、そう。
私が精神的にであれ身体的にであれ苦しみを感じるとき誰かがそれを私が感じているように認識してくれないことが、このうえなく、この身を狂わせそうになる。
ああ、最初はああ言ったけど、やっぱり理解されたいんじゃん。
そんなの不可能なのにね。
そんなの不可能なのに。
精神科に行っても、眼科に行っても、なんか息が苦しくなる。
お医者さんですら何も分かっちゃくれないからだ。
そんなの当たり前だと分かってるのに、その当たり前を認識すればするほどめまいがしそうなくらいの不安に襲われる。
苦しい。
これは抗不安薬も効かない。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです