どこに行っても好かれる人がいる。もちろんそれは努力ありきでそうなった人もいるだろうが、子供のころからずっとそうだという天性の光属性を持った人もまたその中には多いと思っている(勝手に)
その逆でどこに行っても嫌われる人もいる。私のことだ。マジでどこに行っても嫌われる。好かれた数と嫌われた数を比較すれば確実に後者が多いと断言出来る。そのくらい人に好かれることはなく、息をしているだけで嫌われる。
かくいう私の嫌われ病も天性のものだ。気付いたらいじめられていたし、気付いたら周りに誰もいなかった。
進学したらを3度繰り返し、転職したらを5度繰り返した。結果は全敗である。すごいよね。笑っちゃう。もう笑うしかできないもの。ここまで続くと環境が悪いのではなく私に根本的な原因があるのだろう。
そんな私が全く努力せず我を貫き通していたかというと、そうではない。少なくとも大学生のころにはネット環境も整っていたし、次の環境へ移る前には今度こそ嫌われないようにと準備をしていた。少なくとも私はそのつもりだった。
しかしどこへ行っても嫌われる。よくあるパターンが最初の印象はそこまで悪くないが途中からやけに周りの反応がおかしくなるパターンだ。どこへ行っても大概そうである。
なるほど。つまり自分は最初に取り繕えているだけで、だんだん化けの皮が知らぬ間に剥がれて無自覚なまま他人の地雷を踏み抜き続けているのだろう。残念ながら今も自覚はない。明確に何が悪いと示されたことなどないし、尋ねてみてもぼかされてわからず終いだった。結局のところ、ネットで普遍的なものを調べて実践するだけで自分も知らぬ自分のクソな部分はきっと何も変わっていない。
なので私は自分のことを化け物だと思っている。うまく「擬態」できている間だけ人間として存在できて、化けの皮が剥がれたら中身はバケモンだ。
だが化け物だと自覚することは悪いことばかりじゃない。
私は他人に期待しなくなった。もちろん皆無かと問われるとそうではないが、他人が離れていっても「やっぱりそうだったね」とすぐ諦められるようになった。自責で潰れることも苦しくて泣くこともなくなった。
他人を羨むことがなくなった。好かれなくても「だって自分バケモンだしな」と思うとそれを当然のことだと受け入れられる。
好かれたいと思わなくなった。だって好感度は始まりがピークでその先は落ちていくしかないのだから。
輪の中に入りたいと思わなくなった。その中に入ったら自分がそれを壊してしまうと最初から知っているから。
人間になりたいと思わなくなった。全部手放した結果、化け物として生きることに不都合がなくなったから。そうなりたい理由もなくなったから。
たぶん人間から見たら哀れなんだと思う。それでも自分が化け物だと気付かなかったころより楽に生きているし、幸せだと思う。
手に入らないものを求めるのは苦しい。みんな持ってるのに、あの子は持ってるのに、自分だけが手に入れられない。その中に入れない。それで思い悩んで泣き明かす日の方がずっとつらかった。
私は化け物だ。それでも人間だと思い込んでいたころより楽しく生きている。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです