こんにちは。読んでくださりありがとうございます。
私は大学中退後入り直した就活前の学生です。自我を吐き出し、思いごとどこかに置いていってしまいたくて、これを書いています。お見苦しい点も多いかと思います、申し訳ございません。
本題ですが、変更されていなければラベル通り、化粧がマナーとされることが腑に落ちません。今から2カ月ほど前になりやっと化粧の練習を始めた、フルメイクでの外出はしたことがない者が言うのも説得力怪しいかと思うのですが、腑に落ちません。
化粧が悪いということでは一切ありません。むしろ本人がやりたければやれるほうがいいとも思います。しかし、マナーとされること、また就活においては特にかなり限定されたスタイルでいることを求められるのが腑に落ちません。もっと言えば、服装は全部とは言いませんがまだ分かる部分も多いです。しかし顔直接にマナーとして強いることが分からないのです。
顔は人間にとって、本人を本人たらしめるものとして大変強力なものだと思います。そうでなければ、例えば証明写真を用いた本人確認は成立しないものと思います。また、これはあまり私は詳しくなくほぼ受け売りになりますが、生き物としても人間は個体識別方法として顔は非常に重要な要素の1つと聞きます。
そして、化粧は印象そのものだけを補正するのではなく、顔のパーツや肌の感じといった、本人を本人たらしめる生来のポイント(の見え方)を補正した上で、印象も補正されて見えるものかと思います。この本人を本人たらしめる生来のポイントに、元々そうではなかったかのように手を加えるというのは、表情などのコミュニケーションの方法の調整とは一線を画した重みがあるように思えてならないです。
本人がそうしたいのでそのようにするということならともかく、そんな重みのあることを、常識という範囲の非常に大きな内輪ノリだけを根拠に人に強いることが分からないです。
置いていきたい主なものはここまでです。
きっとこの後、私は化粧の練習に戻ります。そして就活でも化粧をします。大学入り直して1年2年遅れているくらいならともかく、私の場合はそうではありません。この時点で不利にも関わらず、コミュニケーション能力、頭の良さ、要領、愛想、ほか何かしら不利な点を霞ませるだけのものは私は持っていません。試行錯誤努力しましたと言いたいですが、それも成果なしには最初から無いことと変わりない、むしろ無能の証拠となるだけでしょう。
足せるものがないならせめて邪魔なものを削ろう。働いていくにあると噛み合わせが悪いものを削ろう。その対象の一部がこれです。先ほど範囲の非常に大きな内輪ノリと呼んだ常識ですが、一定以上社会の維持に貢献していることも分かっています。だからこそ必要とされていることも。だからこそそぐわなければならないことも。そぐうためには、せめてこんな長ったらしく書けてしまうほどの邪魔なものを捨て去る必要がある。
ちゃんと稼いで、早いこと今いる家にお金を入れなければならない。大学入り直しなんかして就職まで長引いて、ただでさえ経済的な負担をさせてるんだから。それに世間体も悪いでしょうに、家族もストレスだろうに。こんなしょうもない見苦しい何もよいものをもたらさないものを簡単に捨てられなくてどうするんでしょう。
身分不相応なわけのわからないことを長々とすみません、そしてここまで読んでくださりありがとうございます。この小瓶を流したら、私は踏ん切りをつけ、前半の考えにはもう戻りません。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです