僕の現在位置です
この前の通院日、心理師と会ってきた。
1ヶ月ぶりのカウンセリング。
ここ数年、大型連休の前後に体調を崩すのが悩みだ。
それが何なのか、どこに原因があるのかは定かじゃないけど、気のせいだろうと放っておいても良くならない。
そして、僕にとって大型連休といえば避けて通れないのが誕生日。
もうずいぶん前から「誕生日って何だっけ」そんな扱いになっていて、楽しい嬉しい年ばっか取って悲しい……いや、何も感じることがない。もちろん手帳にも書き込まない。
興味がないのだ。
それなのに、毎年の恒例行事みたいに決まって具合が悪くなるのは、もしかすると記念日反応に似たものかもしれないと独りで想像している。
そういう悩みがあることとか、連休中に迎える誕生日の諸相については伝えておいたほうがいいと思って。
セッション中にその話題を切り出した。
すると心理師は「へぇー! おめでとうございまぁす」と。
何だろうな、この違和感は。
お稲荷さんにワサビ乗せて口に入れたら味がぼやけて何食べてるか分からなくなっちゃった、みたいな。
もっと美味しくなるはずだったのに。シナジーが得られる見込みだったのに。
結果は違った。自分の中の怒り度数がわずかに上がるだけだった。
「自分は生まれてこないほうが良かったんじゃないか、とか。虐げられる要因が私にあったから今こうなっているんじゃないか、とか。そんなふうに考える日もあるんです」
誕生日って、誰にとってもおめでたい一日なのかな。きっとそうではないんだろうなと思うけど、どうだろう。
しかし、“おめでとうございまぁす” って……。どこかに「祝うべき日」という思い込みがあるせいだろうか。めでたくなんかない、全然。
120パーセントめでたくないわ。
「おめでたいのは、貴方の頭のほうかもよ」。心の中でそうつぶやいた。
◇
本来ならもっと悲劇的で破滅的な自己像が生成されるそうなんだけど、僕の内面にはそういうやつはいないんだ。
いや、見えなくなっているだけ。姿を認識するところが壊れているんだと思う。
そこが壊れるのと並行して旧い僕はいったん死に、解離された精神を宿して生まれ変わったのが今の僕。
あの茶色いウサギのイマジナリー・コンパニオンはいまだ存命で、解離が起きた直後の戸惑う僕をガイドしてくれた。彼の役割も今ではかなり変わってきているけど、存在するだけで僕は安心できる。
心の奥底に溜まった澱を少しずつ吸い取っていけたら、だんだんと楽になれそうなんだけど。
相談相手として誰を据えるかはすごく重要なことだとはいえ、こちらが選べないことも多い。
独りになったときにふっと訪れる離人感も、存命中の IC の話も、いずれは誰かに打ち明けてみたいと思う反面、話す相手とタイミングを見極めようとしていまだ告げることができずにいる。
現任の心理師がその相手としてふさわしいかどうか。
自分で自分を試しているような気がして息が詰まってしまう。
♪BIRTHDAY / Salyu
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