死んでしまいたいと思うのは、自分が憎くなってしまうのは、今の時代ではごくありふれたものなのではないだろうか。
どうしていつも自分はこうなのだろう。どうしていつも、やらなければと思ったことから逃避してしまうのだろう。自身の全てに強い嫌悪感がある。
大学生、とある学科に属しとある課程を学んでいる。そこにいる人達は、皆その資格・職業を目指すことへの強い思いを持っている人ばかりだ。自分は、そうではない。その分野に興味があったから、母がそれを喜んでくれたから、一つでもやりきるという事をしたかったから。それだけだった。
だから、正直折れた。人と関わるということ自体、もうしたくない。嫌な予感はしていたのだ。そして実際、実習に行ってみるとそうだった。人と関わることは、苦手だ。接客(に近いこと)をする職なのだが、あまりにも自分とは合っていない。
大学で学ぶのは、正直悪くない。知らないことを知れるのは、楽しい。でも、その課程をやりきることはどうも、辛い。やらなくてはならない事なのにそれができない自分が嫌いだ。母に伝える勇気もない。あんなにも喜んでくれているのに、それを壊したいとは思えない。
はてさて、どうしたものやら。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
ななしさん
もしも、小瓶主さんの母親がこのお手紙を読んだなら…
『死にたいと思っていたなんて、気付かなくてごめん。
心地よく過ごして欲しい。
生活に困らないくらいの術を身に着けて欲しい。』
などと、感じるんじゃないかな。
接客が向いていないと気付けたのなら、おめでとう。それは逃げではなく気付きだよ。
「その分野に興味」があって「知らないことを知れるのは、楽しい。」なら、そっちへ方向修正。
ななしさん
自分に合ってない課程をやるのは、しんどいだろうなと思います。
別の分野の大学に途中編入できたら、一番いいんじゃないかと思います。
それか、何とか今の課程をやれそうだったら、今の大学を卒業して、大学とは全く違う分野の仕事に就くか。
お母さんを悲しませたくないと思っているあなたは、とても優しい人だと思いますが、お母さんの人生ではなくあなたの人生ですから。
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