姉ちゃんの友人。だから俺より年上の人。
よく広場で一緒に遊んだ。姉ちゃんたちはその子とポケモンXYを遊んでいた。
優しい男の子だったのを覚えている。
6、7年前の8/3か8/4。夏休み。
俺と姉ちゃんは叔母の家に遊びに行く予定だったと思う。その時母ちゃんがガラケー片手に重い声でこう言った。
「〇〇くん、亡くなったって」
彼が持病を持っていたのは知っていた。
亡くなった、ということは死んだということというのも知っていた。
俺はそのとき言葉にならないショックを受けた。
また人が1人いなくなったんだと。
その少し前の話。
再従姉妹のお母様が亡くなられた。
関わりは薄かったけれどお通夜に参加した。今の所、俺の中で最初で最後のお通夜だ。
初めてご遺体を見た。
眠っているようにしか見えない安らかな顔。その顔は少し祖母に似ていた。とても、もう息をしていないと思えなかった。
俺はあの空間が嫌だった。想像してしまったから。家族が、祖父母が、友人が 棺の中に入っている光景を。
あれ以来、人の生死に敏感になっていた。朝起きたら母ちゃんが冷たくなっている気がして毎晩寝るのが怖かった。
だから、彼の訃報を聞いた時、どうしようもなく動けなくなったのだ。
俺は彼のお通夜に参加できなかった。直前で体調を崩した、と嘘をついて、本当は彼のご遺体を見たくなかったからだ。
人が死ぬことを理解したのはその頃だった。
しばらく経って見た姉ちゃんのポケモンのPSS。ともだちの欄にはもう1人の姉ちゃんの名前と、彼の名前。しかしそれはもう動くことはなかった。
あれから身近な人が死ぬのがずっと怖い。
死んだらその瞼が動くことはないし、声を聞くことさえ叶わない。
もう一度、と願っても答えてくれない。なぜならばもうこの世にいないから。
今も発作的に恐怖に駆られる。
朝起きて息をしていなかったら。
買い物へ出掛けて帰ってこなかったら。
交通事故に巻き込まれていたら。
大きい病気に罹ったら。
俺はこの先、どうすればいいのだろうと、答えのない問いに悩まされる。
だったら、俺が最初に死にたい。
誰よりも先に棺に入りたい。
この苦しくて辛くてたまらない今を終わらせたいという気持ちもある。俺は許されない存在だから、早く死んで解放されたいという気持ちだってある。
それと同じくらい大きい理由。身近な人の死を見たくない。
想像したくない。動かぬ笑顔を浮かべたモノクロな家族を。
人はいつか死ぬんだって、わかってるよ。そういうことじゃない。別に永遠の命があれば、とかそういうことは考えていない。
人は死ぬことで完成する。だからそれはいいと思う。
でも、それとこれとは別の話。俺はその死を見たくないんだ。
急に幼少期のことを思い出して、言葉にしたくなった。
思えば、死を意識したのはこれがきっかけだった。
そこから死にたいと考えて、自傷して、自殺しようとして、死が頭から離れなくなって。
死は怖い。どれだけ現代医術が流行病や感染症を乗り越えても、死だけは絶対に抗えない。
俺が死んだら、悲しんでくれる人はいるのかな。
それを知るために死んでも、死ねは何も関与できないのだから皮肉なものだ。
悲しんでほしい。心に俺を刻んでほしい。
大勢じゃなくていい、誰か1人の心の傷として生きていきたい。誰かの呪いとして存在し続けたい。
生きたくない、眠りたい。
でも、心のどこかで生きたいと叫んでいる。君は一体誰なんだろうね。
嗚呼俺の最期はどんな最期なんだろう。
案外、今目を瞑ったらもう二度と目覚めなかったりね。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください