常々、
「あなたがしあわせになる、ただそれだけのことが、みんなをしあわせにすることがある。」
とか言うとりますが
むかし、
わたしがわらった。
ただそれだけのことで、
母が、娘が笑った!と喜んであちこちに触れ回ったことがあります。
母が、滑り台を滑ってみせたあげく、最後にこけたのです。
正直その時のわたしの笑いはむしろ、ぶっ壊れたかのようなやばい感じだった気がしますが。
そしてしばらくすると、またすっと戻った気もします。
でも、たしかに、やばい笑いにせよなんにせよ、あんなに笑ったのは久しぶりだったと思います。
ただリビングにいた時、
こどもに、
「フッ、絶望した顔してる。」
と
笑い交じりに言われたことがあります。
不器用ですが、これはその子なりのやさしさです。
わたしが気に病まないよう、おちょくるように、あなたそうなってますよ。って言うっていうね。
驚きました。
なんででしょう。
こどもには、少なくともその子にはそんな風に思われないと思っていました。
わたしの表情なんかに関心なんか持たないって思っていました。
赤ちゃんの時から育てていて、そんなことに関心を向けられる日が来るとは、なぜだか思ってなかったかもしれません。
気づきました。
これは…
これはいけない!
そう思いました。
自分に絶望しているなら自分に絶望していていい。
こんな自分が楽しそうだったりするのはよくない。
なぜだかそれまでそう思っていた気がします。
でも、よくないな!って、思いました。
だってこどもが気にしてたんですから。
こどもを悲しい気持ちにさせたくない!
それからはそういう顔をあまり見せないように気をつけるようにしました。
母のも、
直後はそんなこと言いふらさないでくれと思っていましたが、後々じわじわときました。
自分が笑顔になる、ただそれだけのことで、あんなにも人が喜んだりするもんなんだなあ。って。
あなたがしあわせになる。
ただそれだけのことが、
みんなをしあわせにすることがある。
あなたは
しあわせになっていい。
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すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです
yuki.
誰かのしあわせ、誰かの笑顔から元気をもらえることありますよね。
願わくばそのしあわせ、笑顔が無理して作ったものではなく本物であって欲しいです。
私はしあわせなように振る舞うことが難しいです。
家族に心配をかけないよう、苦しいとか辛いとかを隠すのが精一杯。
心からしあわせと思える日がくるといいのですが。
そう考えると自分が大変でもそれを見せない、子どもを想う母親は強いなと思いました。
ななしさん
ありがとうございます
アユム
「しあわせ」か……
「しあわせ」なんて
そのへんに転がってるんだけどな……
みんな、高望みしすぎだよ……
「成長する喜び」だったり
「存在する喜び」だったり……
なんでも「当たりまえ」なんて思うから……
「この世界」は奇跡の集合体なんだぜ?
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すごくやさしい言葉をかけてあげてほしいです