牛も屠殺前には絶水でも苦しめられるようです。
猿にココナッツ収穫の強制労働もさせているようです。
以前に書いたことと重複してたり、誤ったことを書いていたらすみません。
確かに、人間は動物達の自由意志も問答無用に、人間の利益のために彼らに強制労働もさせている。許し難い奴隷制度だし、命の使い捨てだ。
人間は自分の愛するペットが同じ扱いにされるとしたら、自分のペットは使い捨てカイロと同等程度の命ではないと憤慨することだろう。
生活環境などに違いはあれど、ペットにされている動物達と畜産動物の「命」にはなんの違いが、どのように、どの程度あるのでしょうか?
この問いかけに対して言葉が詰まって出てこない人が多いことだろう。
流暢に答えることが出来ないとしたら、その人の中で明確に線引き出来る答えが見つからず、おかしいと引っかかる物があるからなのではないでしょうか?
それはある意味、希望であると思います。そこから、そのことについて深堀りして考えてみる伸びしろがその人の中にあるからだと思えるから。それが、畜産動物達への思いやりへと波及していく可能性も秘めているとも思えるから。
現在の産卵鶏は遺伝子変更の産物であるそうです。
種類によって異なるのかもしれませんが、本来の産卵リズムを大幅に改変し、年間300個以上の卵を産む鶏を作り出したようです。
この過剰な産卵が身体に大きな負担をかけ、カルシウム不足、骨の脆弱化、生殖器疾患、早期死亡を誘発するようです。
また、ダニによっても鶏達は苦しめられてる可能性があるようです。
人間は自分達が通る所は掃除をするが、ケージ飼育の鶏達が居る所は掃除をしないそうです。
ウインドレス鶏舎は温度管理をしやすいというのは嘘で、4月で30度超えだそうです。その上、常にすし詰め状態にされているようなので、彼らの体感温度としては暑さ1つでもとても辛い思いをしていることだろうとも思います。
日本国内だけでも年間、牛・豚・鶏を合わせて約822憶頭が犠牲にされているようです。
世界規模でなのか?日本国内だけでなのか定かではありませんが、年間、約5380億匹の養殖魚・海老も犠牲にされているようです。
金網に閉じ込められている狐の床は手足が抜け落ちるような、粗い目の床であったりもするそうで。それなので、ちゃんと自分の手足で立つことが出来なかったりもするようです。
人間はなんでこんなにも動物達に血も涙もないことを出来るのか?とも思います。自分達の命も同じように軽んじられなければ目が覚めないのでしょうかね?
彼らの生きる世界を地獄にしたのは人間です。それを、かれらにとってもユートピアな世界に戻してあげられるのも人間だよな。人間にはユートピアに戻してあげる義務があるかもしれないとも思う。
小瓶を拾って読んでいただき、ありがとうございました。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください