なんかね、
「今の人はHSPとかADHDとか、できない理由を探したがる」みたいな文章を読んで
私がそれを見て思ったのは、
今と昔では社会で生き残るために脳が選択するルートが違うのかなぁって。
たぶん昔って
転職も一般的じゃないし、
フリースクールとか通信制高校もたぶん普及してないし、
できないって認識したり、できない自分のままで留まることが、
社会的生存の危機に直結することが多かったんだろうなって。
だからできない理由を探すより、できないことを克服する方が合理的だった。
でも今はむしろ、
【できないことを認識する・できないままで留まる】ことが生き延びることに有利に働くこともあって。
それゆえの現象なのかなぁって。
あともうひとつ。
ひとって自分がある程度コントロールできたり、我慢できる部分に関して、他の人が我慢していないのを見るとモヤモヤを抱えるんだなって。
たぶん「わがまま」の本質ってモヤモヤで、
「わがまま」ってどこに対して感じるかって本当に人それぞれなんだと思うの。
さっきの例で言えば、
自分は「できない理由」に頼らずにできないことを克服できる。
だから「できない理由」に頼る人に対してモヤモヤする。
「伝える努力をしなさい」って言うタイプのひとはたいてい、伝えることが努力ではないひとだ
…っていうのが私の持論なんだけど、
私は何かを言う前に相手の気持ちを想像しないひとがワガママだなって思ってきたのね。
でも逆に、嫌だなって気持ちを伝えない人がワガママだって思う人もいる。
自分がコントロールできる部分は相手も同じようにコントロールできるはずだ、って思っちゃうから
それができないひとに「わがままだなぁ」って
思っちゃうんだなぁって思ったりしてる
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください