小学生の時の校長先生のスピーチを聞いて感じたこと、未だにもやもやしていること。
・誕生日は自分がここまで生きてこられたことを周囲の人に感謝する日。家族や友達にありがとうと言いましょう。
・こどもの日は育ててくれた親や祖父母や兄弟に感謝する日。
・母(父)の日はお母さん(お父さん)に感謝の気持ちを伝える日。
・敬老の日はおじいちゃんおばあちゃんに生きていてくれてありがとう、と感謝を伝える日。
このようなスピーチをことある事に聞きました。
母の日や敬老の日に母や祖父母に感謝するというのは分かります。
誕生日やこどもの日だからといってワガママばかり言っていてはいけない、周囲への感謝も込めることが大切だと言いたいのも分かります。
しかし、ネガティブ捻くれな私は、「じゃあ、私はいつ感謝されるの?」「私は感謝されちゃいけない存在なの?」と感じてしまいました。
見返りや感謝だけを求めて生きているわけではないと思っています。ただ、「こどもの日は家族に感謝」「母の日は母親に感謝」と、いつも感謝の矢印が「自分→周囲」になることに納得ができませんでした。
これを「見返りや感謝を一方的に求めている証拠だ」と思われるのでしたら、ご指摘ください。煽りでなく、無自覚なんです。
今年も母の日がやってきて、このことを思い出します。もうその時から20年近く経っているというのに未だに消化しきれません。
私自身が母親になる予定はありませんが、きっと母という立場になったら「母の日はあなたが母で居させてくれるこどもに感謝しましょう」と説教垂れられるのだろうな…と想像して勝手にうんざりしてしまいます。
まさか、母に向かって「母の日だね。お母さんが母親で居られるのは子である私のお陰だよね。で、感謝は?」なんて言えるわけないですし…。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください