大人が学生に語るきれいな言葉って、どこまでが本心なんだろうって思う。
自分の中の本心を少し膨らませて話しているのか、
あるいはどこかから借りてきた言葉を使っているのか、
それともその場にふさわしい言葉をそれらしく並べているのか。
大人だからすごい、正しいって盲目的に思ってきたけど、そんなことないんじゃないかな。
たいていの大人はたぶん、私と同じように答えのない道を歩いてる。
たまに泥道に入ったりして、そこら辺で小さい石を見つけて、その答えっぽい何かを大事に抱えて生きている。
中学生の頃から私がやってきたことと何も変わらない。
たまにね、
この人は小石をぴかぴかに磨いてしまったんだって思うような人に出会うことはあるけど、
そんな大人には滅多に出会わない。
こんなにも純粋に、大人っていう幻想を信じてきた自分にちょっと笑えてくる。
自分の信じるものが本当に正しいのか、
自分がその正しさを愚直に信じているから、他人にも押しつけているのではないか、
そんな風に思考を動かす人も少ないのかなって
自分を疑うというのは
歩いていた地面から水面に落とされるようなものだし、
自分の正しさを疑わないことは一種の自己防衛でもあるし、
それができない時期もあることを知ってる
自分を疑うことなんて少ない方がいいと思う
だってしんどいから
自分を疑えって言う人は、本当に本当に、
あの海の中を泳いだことがあるの?
あるいは、あの苦しさを知っているから、他の人にも知ってほしいと思うの?
どんどん色んなものへの不信感も募っていくけど
それでも優しいひとも尊敬できるひともたくさんいるし
どのひとも根っこは優しいんだから
人間全部を嫌いになっちゃダメだよって
毎日自分に言い聞かせるの
心理的に孤立したら
人間は生きるのが苦しくなる
誰かに心の一部を委ねられなければいけないと思う
それでいて、
自分の心の主導権を自分で握っていなければいけないと思う
こんなに色々考えているけど、
たぶん世界を救うのは「ぬいぐるみ」と「ケーキ」と「アイスクリーム」だよ
みんなフワフワで可愛くて心の疲れなんて一瞬で吹き飛ばしてくれる、こういうのの摂取が足りないよ
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください