肥大化した自己愛が私を苦しめている。
それは「私はトクベツなんだ」と、自他から掛けられた呪いである。
それは私が誰かに可愛がられるためだけに伸ばしてきた虚無な演技の才能であり、どうか私に騙されないでほしい。
人を騙せたときに私は嬉しくなるけど、それとは別に、呪いはますます大きくなって、ますます私は人を騙す必要が生まれ、騙したくなり、結果的に己を苦しめる。
そのプレッシャーをバネに頑張ろうという気持ちはそのバネが完全に故障してから、もう麻痺してしまった。
私は特別なのだ(対象は問わない。誰かにとっての特別でも、何かについての特別でも、なんでも良かった)という証拠が欲しかった。
そのためなら頑張れた。
逆にそうでなきゃ、私は何も頑張れなかった。
何かを頑張るために、まず最初に「あなたは特別だ」と言われたかった。
誰かに何も望まれないという状況が耐えられなかった。
初心者の状態が嫌いだった。
部活の後輩という身分が気まずかった。
バイトの新人という立場が怖かった。
「お前はここにいらないから今すぐここから出ていって」
そう言われたり思われたりすることが本当に怖くて、それだけのために一日中憂鬱になれた。
そう思われるかもしれない恐怖だけで動悸が止まらなくなって、何度もその場から逃げ出したい気持ちに駆られた。
親に(一応断っておくと私はもう一通り文章内で暴れて反抗し終えたので彼らにガキみたいな恨みは抱えていないし無茶な理想や勘違いからは醒めている。なんだかんだバランス感覚のある良識的な人だったと思う)私は特別だと認められたかった。
姉のためになんでも我慢する献身的で大人な私を認めて欲しかった。
頭が良くて頑張ればどんな大学だって目指せる私を認めて欲しかった。
文芸の講師からその感性を買われていた私を認めて欲しかった。
人に認められているはずだった、人に認められるだけのことはしているはずだった私に、凄い! と感嘆して欲しかった。
だけど、それは永遠に貰えなかった。
「わああ! すごい! なんて言うのもなんかキモいじゃん? 実際のところ別にあなたはそんなにすごくないし」
ということらしい。
それはそう。
さすが、バランス感覚の優れた人だねと思う。
そんな風に褒めそやして人を自分に都合のいい変な方向に導かない、実に立派なバランス感覚の持ち主だ。
だけど肝心なものはどういうわけかそれでは何も満たされなかった。
それで結局、私は親に褒めそやされていた方がマシだったろう道に進んでしまった。それは進路というよりは、なんというか、人間性というか。品性というか。
制御の効かない私の心は
本当に欲しい人間からは欲しいものを貰えないのだから、もう誰かれ構わずでいいから欲しい!
ということになった。
そして、そんな私に言葉を掛けてくれた、今思えば当時の私が期待していたほどには成熟してない大人(その人は私が欲しいものをくれただけなんだからそんなことを言うのも忍びないが)を盲信し
自分を開きすぎ
そんな状態で触れてしまった相手の無自覚な支配欲(と思ってしまった)に恐れ慄き勝手に傷つき
それが大元になって色々なことが私の精神活動の内で起こった結果として、なんか、潰れてしまった。
バネが壊れた。
何がダメだったんだろうね。
私ってなんでこんなに典型的に病んでて不健全なんだろう?
これじゃまるでメンヘラじゃん、なんて言ってみたりする。ああ、メンヘラなの? そうか。メンヘラなのか。
なんか、満たされないんだ。
満たされなかった。
今もまだそうなのだろうか。
自分が立ち直れたのか、自分の気持ちに蓋をしているだけなのかよく分からなくなることがある。
そしてきっとそれはどちらもなのだと思う。どちらも片方がいなければ成立しない。
実のところ、本当はそんなことくらいで「立ち直る」などという言葉を使うのもおぞましいのだ。
私の精神がそんな低次元で停滞したままであることを突きつけられる思いになるから。
矜持みたいなものがこの年になってまるで無い。
私の中に矜持に見えるものがあるとしたらそれは実際、きっと矜持ではなく、何かから振り落とされないように必死にしがみつく様がそう見えているだけなのである。
それこそ虚無な演技の才能だった。
私の中に存在しているのは実際のところこんなにも卑小なものであり
そのことを隠して運よく人を騙せたところで、だからどのみちそれは破綻するのだ。隠しおおせるなどということはきっと無いに違いないのだ。その関係性が歪なものでもない限り。
それは私の思い込みかもしれないしそうじゃないかもしれない。
だけど、今ではそれが私の人間関係の最初の前提となっている。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください