ただの承認欲求なのかもしれない、全部全部
「私かわいそうでしょ?」って
鬱病で、双極性障害で、ヤングケアラーで、自由のない、死にたがってる、いい子なのに報われない子、優しくて自己犠牲的な子、自虐的で求めない子
それは可哀想に見える「ラベル」
本当に私は苦しいのか?本当に私は限界なの?
本当に私は助けが必要?本当に私は死にたいの?
誰かに優しくしてるのも、「私っていい子でしょ?」って
本当に私は優しいの?感謝まで欲する偽善者なの?
やりたいことだった?役割に必要だからやった?
優しい人ほど「可哀想」に見えるから?
死にたい人ほど「悲劇的」だから?
本当に私は頑張った?本当に私は私?
人は演技し続けてると、その役に精神や人格、行動を侵食されていくらしい
たとえば優しい人のロールを演じると心が広くなって、優しい人になる
頼れるリーダーを演じると感情を抑えて強い人になる
逆に罰を与える人を演じると攻撃的になっていく
それは正の面もあるし、負の面もある
形から入る、があながち間違ってないのはそういうこと
行動が先行しても、精神はついてこれるから
じゃあ私は可哀想な子って思い込んでるから、可哀想になったんじゃないの?
私が明るい子でポジティブだったら、同じ環境でも幸せだったんじゃないの?
私のポジションに他の人が入れば、幸せなんじゃないの?
私はわがままで、強欲だから苦しいんじゃないの?
私は私だから苦しいの?
何が、私の本当で、私の演技なの?
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください