はじめに、これは自分用の記録なので読みやすさを重視してません。悪しからず。
そして、自分の出生や性別、出来事に関することはあえて詳細には書いていません。全てご想像にお任せします。
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一年前の今日、とある専門機関に相談のメールを送った。
いつ吐いてもいいようにトイレに籠って気配を消し、こんなもの送ったら説教されるんじゃないかと何度も何度もAIに修正させ、それでも震える手で専門機関へメールの文章を送ってしまったあの夜から丸一年経過した。
結果的に説教されることはなく、受診やカウンセリングを勧められ、今も通院とカウンセリングを継続している。
何が変わったか、何が変わらなかったか、記録に残しておこうと思う。
1つ目、フラッシュバックが増えた。
それまで何ともなかった記憶、自ら話すことは憚られるが聞かれれば答えられる程度だった記憶が、途端に全て無理になった。
それまで事件性のある事だと本気で認識出来ず、誰にでも起こり得る仕方のないことだと、それ以上のことは何も感じなかった。
加害者による悪意や凶悪性が少しずつ剥き出しになっていって、自身の身に起きた出来事に今更ながら強烈な嫌悪感が湧いてきた。
最初の頃は映像や写真のようなフラッシュバック。感情がフリーズしてるのか恐怖などは湧きにくく、しかし身体の方は明確な体調不良として恐怖を訴えていた。
カウンセリングが進み、あの記憶にも恐怖があったことを自分事として思い出すようになり、感情のフラッシュバックが増えた。
今は安全な場所にいるのに、いきなりあの頃に戻されて「行きたくない」と泣いて堪える日もあった。
フラッシュバックのせいで一日の予定が全ておじゃんになることも珍しくなかった。
2つ目、接触がダメになった。
これはほぼフラッシュバックと同じで、恐怖を自覚すると同時に接触にも恐怖を覚えるようになった。
フレンドリーなスキンシップ、握手や肩を軽く叩かれることなど、他者に触れられたところに残る感触が気持ち悪すぎて、皮がめくれるくらい引っ掻くことが増えた。
自分が自身の身体に触れることすらダメな時もあり、酷い時には布団と肌が擦れる感触でさえ恐怖で頭がいっぱいになったこともあった。
この接触の恐怖を例えるなら、不快害虫が身体を這っていると想像してもらえれば、少しは想像できるかもしれない。
3つ目、人間関係の幅が狭まった。
元々友好関係が広い方ではないが、このままではいけないと自ら新しい関係を広げようとした時に激しく消耗してしまう。
今までだって無意識にその消耗を感じ取っていたのかもしれないが、ようやくその疲れやすさの原因に辿り着けた。
まず、裏切られるかもしれないと警戒心が解けない。
嫌われたらどうしようと怯えてるのではなく、嫌われたら潔く関係を断つ崖っぷち精神で挑んでいる。
安心できるリラックスした人間関係というものが全く想像できない。
そして、相手と連絡をするというだけで息ができなくなる。文字通り呼吸が止まり、死んだフリをするかのように、無意識に呼吸が消えている。
更に、親しくなろうとするとスキンシップへの恐怖も警戒しなければならない。
ただ興味のある人と仲良くする、それだけで自分には抱えるタスクが多すぎて、あっという間に体力も精神力も消耗する。
結果、人間関係が狭まってしまう。
4つ目、自らトリガーになるようなものに近づくようになった。
そんなことをすればどうなるか分かっているのに、確認したくなる衝動が止められず、自分の経験と似た事件を調べまくったり、その事件に対する心無いコメントなどを大量に浴びたりした。
どうしてそんなことをしてしまうのか、一年経っても納得のいく答えが自分の中から出てこない。
ただ、そうしないといけないと強く思ってしまう瞬間があって、それはたまたま目にしたものの深追いだったり、暇になった時にふと検索してしまうなど様々。
確認作業?コントロール?日常が回らなくなるほどの症状が出るのにも関わらず、あえて傷つきに行ってるようにしか見えなくて、そんな意味不明な行動を取ってしまう自分が今でも許せなかったりする。
自分の記憶と似たような被害は一向に減らず、むしろどんどん可視化されてるような気さえする。
前向きに捉えるなら、声を上げやすくなったとも言えるのかもしれないけど。
そしてここ数日で大きな事件が取り上げられ、多くの人がその事に絶句し「おぞましい」と口にする。
そして自分の方はというと、フラッシュバックと様々な世間の反応で、自我が溶けていくような感覚になっている。
この身体の所有者が自分だとは思えず、中身が液状化して人の形をしていないと、そう感じてしまうくらいの反動がある。
たったの一年では、自分は人に成ることができなかった。
なら通院やカウンセリングは意味なかったか?と言われたら、自分はそうだとは思えない。
感情として受け止められなかった恐怖を、今はこうして真正面から食らっている。これは間違いなく変化だと言えると思う。
今までは無視することでしか生き延びれなかったことが、解凍して時間が動きつつある。
それは痛みを伴うし、これから先今以上の反動がやってくるかもしれないけど、進んでいるが故の成長痛であると受け止めている。
ゴールがどこなのか分からないけれど、きっと悪い方向に進んでいるわけではないと確信していて、それは一年前の自分がちゃんとした機関に相談するという選択肢を取ったからだと思う。
自分は道具だとしか思えない。人に成れる気がしない。
それでも、今は人の形をしたこの身体を動かすために止まるわけにはいかなくて、これ以上支障が出ては周りも困るから相談を選んだ。
健全なSOSではないかもしれない。
しかしそれもまた、自分の人生の記録として残しておこうと思う。
一年前と同じ場所からの記録でした。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください