自転車をよく使います。交通ルールに従って、一時停止ではきちんと止まって左右確認して進むようにしています。それが当たり前だと思っていました。
一時停止を、一時停止で止まっている車両(自転車)をガン無視して猛スピードで抜かしていく車両(特に自転車・バイク)の多いこと、大変気になります。
私は後続車を驚かせるような急停車をしていないことは弁明させてください。自然な止めかたをしているはずです。
しかし、最近あまりに抜かされる頻度が多いと感じ、私に問題があるのではないかと感じるようになってきました。
ルールを守ればいいと思っているだけではないか。流れを壊しているのではないか。杓子定規にルールを守るのは間違っているのではないか。そんな声が聞こえてきます。
真面目にルールを守っている間に要領の良い人に次々抜かされる。私も要領良く生きようと真似をするとその瞬間だけ見つかってしまう。
まさに、私の人生そのものという感じです。
客観的に見ても、やはり私が悪いと思いますか?
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
ありがとうございます。
私がルールを守ることで得られるものは「文句」と「危険」ですが、これからも真面目にルールを守って嫌われていきたいと思います。
僕の現在位置@花粉症
小瓶主さんは正しいことをしてると思います。
遵法精神って大事ですし、こと交通法規に関しては何か起きた際に「守らなかった側=悪」になります。過失割合は単なる重み付けに過ぎないし「なんで決まり守ったんですか」なんて言われませんよね。
要領の良い人は、決まりを現場に即した形で運用できるということであって「ズルを働く人とは違う」と思ってます。
僕は自転車に加えて自家用車にも親しんでいるクチですが、まるで助手席の子どもの“監視の目”があるかのように意識しながら運転してます。
その昔「子どもは見てるよ! 大人のマナー」っていう標語ポスターが地下鉄にあったんですが、その通りだなって。
* * *
一時停止のエピソードを書いてくださったので一つ。
運転中に信号のない横断歩道を通過するとき、すごく気を遣います。
なぜって、渡ろうとする人にとっては横断歩道が安全地帯になるし、車はその安全を最大限に担保しなくてはならないから。
対向車線が渋滞していて横断歩道の手前に差し掛かるとき、僕は昼夜問わずいつでも止まれる速度まで減速します。
ある時、荷台の長いトラックの陰になって横断歩道が見えなかったので「ひょこっと自転車とか出てくるかも」と思ってブレーキかけたら、すぐ右側から原付バイクが苛立った様子で追い抜いていったんですよね。
そこにたまたま同乗中の知人から「お前は交通の流れを乱したんだよ。ブレーキ踏まなくていい」と指摘されたことがあります。
小瓶主さんと似たような状況でした。
もし、僕がその知人の感覚で運転してたらいつか絶対に事故を起こします。たぶん100対0で僕が悪くなります。
その一件があってから、知人の運転する車には乗らないと決めました。そのぐらい遵法意識にも差があるってことなんだと思います。
人間にとって「“待つ”ことができない」っていうのは大きなリスクファクターになります。下手したら人生が壊れかねない。
何のために決まりを守るのか、考えさせられました。
ななしさん
答え「いいえ」
事故の恐ろしさをわかっていない人を気にしてはいけません。
私は事故を多く見ました。身内も事故を起こしています。
ほんの少しの油断が大きな事故を招きます。
一時停止しない人らは、生き方も同じでしょう。一瞬の油断で大けがする、そんな人生を自分で選んでる。
同じ世の中を生きても、何が危ないかを知っていて、その危険を先に防止する人のが賢明です。
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