(前回流した小瓶の続き……かな?)
僕の現在位置です
Cちゃんの退院の目処が立った。
まだ「6月中」というざっくりとしたものだけど、喜ばしい限りだ。
長く暗い入院生活にようやく光が見えて、彼女も安心したことだろう。
5月の頭に、Cちゃんが頼んだ通販の荷物を置き配で受け取っていた。箱にはセシールのロゴがある。
(お、セシールのマーク変わってる。篠塚くん懐かしいな~)
昔見たTVCMの最後に流れるサウンドロゴと、何言ってるか分からない、あの男性の低音ボイスがバーッと脳内再生された。
ピンと来た人もいるだろうけど、セシールのCMといえば、男性のセリフが何と聞こえるか? という話が当時の界隈では密かに流行ってたんだ。
僕が小学生の頃のことだから30年ぐらい前かな……オンエアーでは見てなかったかもしれない、もしかしたら家族が録画してたビデオに偶然録れてたものかも。
何回か見るうちに、「セシール~♪ 篠塚くん、幸せそうなのん」と空耳で聞こえるのがなんだか面白くて、家でも余所でも話題にしてた。
「インターネットが発達したこの時代、必ずや往時のCM映像がアップロードされてるはず!」と踏んで検索したら、案の定、サウンドロゴと低音ボイスの部分だけを寄せ集めたコンピレーションが見つかった。
思わずクリックしちゃったけど、もうセシール愛に溢れてて、笑うしかなかったわ。
ループ再生で「篠塚くん、幸せそうなのん」と聞くたび、クスッと笑いつつ僕の耳も幸せになっていくという永久機関。
ナインティナインの岡村隆史氏やロバートの秋山竜次氏をはじめ、芸能界でもこのネタは定期的に使われてるのね、「オールナイトニッポン」も然り。
連勤だってのに夜更かししてそんなことに時間費やしてた僕……まぁ、束の間の息抜きタイムとしては良いよね。
結局、GW中には休みが取れなくてCちゃんのお見舞いには行けずじまい。
休めないことが確定した時点で「申し訳ない」と詫びを入れたけど、ガッカリさせてしまったよな。
4月に会ったときに「連休は仕事で来られないかも」と伝えることもできたけど、あの場でそれを言うのは憚られた。
僕が比較的自由に動ける日をリストアップする。
最短で会いに行けるのは、もともと通院のために朝から空けといた日。
彼女に連絡すると、その日で大丈夫というので面会の予約を入れた。
「くるま気を付けてね。
٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
待ってるね」
当日、セシールの箱と自分のバッグを車に積んで早めに病院に向かう。
午前中に診察と採血を終えて、会計の準備ができるまでに軽くお昼を口にした。
医療費と駐車料金を精算して車へ戻ると、まるで真夏のような暑さ。
でも、エンジンはまだ掛けない……ちゃんとアイドリングストップしないと監視員に通報されて条例違反で捕まる。
ここの病院から彼女のもとへ行くのは初めてだな。
カーナビの情報によると高速飛ばして2時間弱。
地理的に考えりゃそんなもんか……と、暑さで少々ぼんやりした頭に地図が浮かぶ。
エンジンを掛けてエアコンMAXで入れつつ出発。はぁ~涼しい。
途中で休憩がてらコンビニに寄って、メロン味のロールちゃんとペットボトルの紅茶を二人ぶん買ってから病院駐車場へ。
その日は何故か混んでて空きスペースはどん詰まりの塀沿いのみ、無理に前進で入れると出るときに大変そうだからバックで駐車。
右隣の車を見やると、左いっぱいにステアリング切ったまま止まってるし……なんか運転下手っぴな感じ。
直感で「出るとき擦られたらヤだな」と思って、ドアミラーを畳んで左を塀ギリギリに寄せといた。
ナースステーションに声を掛けて病室へ。
「お待たせ。来たよー。こっちも今日暑いねぇ」と明るく挨拶。
「いろいろ迷惑かけてごめんね。ありがとう。荷物、置いてください」
良かった。前より、ちょっと元気そう。
ロールちゃんあるよ、と見せたら「見せられたら食べたいよ~」と言う。
メロン味は初めてだったようで「ジャム入ってる!」と感動してた。
紅茶も渡して、僕もとりあえず一緒に食べる(お腹空いてた)。
……食べながら思った。「CちゃんにセシールのCMの話、通じるかな?」
実は YouTube 見てたときに、低音ボイスで何言ってるか(フランス語の綴り)字が書いてあって、発音の練習してたんだ。
高校3年の選択授業で英会話上級とフランス語を取ってて、どっちも同じカナダ人の教員に習ったから。
フランス語は下手だけどちょっとやってみよう、と思って。
(Cécile)
Il offre sa confiance et son amour.(愛と信頼をお届けします)
無理やりカナ書きすると:
イローフヘサコンフィオーンセソナムール
(しのーづかくんしあーわせそなのん)
笑
食べ終わって、ふふっ、と思わず微笑が漏れてしまったけど、台の上の箱を持ってきた。
「どうしたの?」と言いたそうな彼女に向けて、箱のロゴを指差しながら「セシール~♪」と歌った後、あの低い声を真似て Il offre sa confiance et son amour と言いながら箱を差し出したら、ぐふっと吹いたあと大笑いされた。
「あっはは、懐かしい~! CMやってたよね。謎のセリフの所、皆で『いのふさ君幸せそうなのぉ』って言ってたよ。いのふさ君、いのふさ君って誰? と思ってたけど……」
「お、わかった? よかったー。Cちゃんのとこは“いのふさ君”なんだ。僕の周りは篠塚くんだったわ。地域差あるのかな? いや、通じなかったらどうしようと思ったよ。だって絶対スベるやつじゃんこれ」
「わかるってー! 昭和生まれの人は皆しあわせそうなんだから。あはは、もう一回言って」
「Il offre sa confiance et son amour.」
「へぇ……アムールってことはフランス語だよね? ちゃんと“いのふさ君”に聞こえるし、言われてみれば篠塚くんにも聞こえる。そっか、発音が良いからか。ね、スマホに向かって言ってみて?」
……録音させられた。恥ずかしい物が残ってしまうけど、まぁいいか。Cちゃん楽しそうだったから。
退院という一つの目標ができたし、なんか湿っぽい雰囲気をカラッと吹き飛ばすような意味でも、こんなふうに笑いが絶えない面会があってもいいなと思った。
彼女の明るい顔、久しぶりに見たなぁ。
こんな病院に来てしまったことは不運でしかないんだけど、それでも、ようやく掴めそうな希望が目の前に見えてきた。
僕に与えられた仕事はCちゃんの“添え木”になること、ただそれだけ……
今までよく耐えたと思う、貴方は本当に頑張り屋さんだね。
この最後の1ヶ月を乗り切ればきっと平穏が訪れるから。
♪happy endings / 花澤香菜
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