大好きだったのに、1ヶ月もしたらダラダラスマホ見て、ラーメン食べて、普通に学校や仕事に行く。
そんな自分が許せない気持ちと、悲しんでいても仕方ないって気持ちと、寂しい気持ちでぐちゃぐちゃになって叫び出したくなる。
大好きだったからって後追いするのが正解じゃないのはわかってる。
ずっと泣いて塞ぎ込んでいれば、愛情の証明なのかって言ったらそうじゃないのもわかってる。
けどわかっていても、日常に戻れる自分が不誠実で申し訳なくて、それでも寂しいと思っているのは事実で。
歳を重ねるほど、誰かの命日が増えていく。
その度につらくなって、でも次の日には焼肉食べたいなんて言ってて、馬鹿みたい。
私は本当は誰も愛せてなかったのかと思うと、関わった人たちみんなに申し訳なくなる。
あなたが死んでも、一ヶ月後には焼肉を食べてる人間なんだ。
最低だ。
みんなどうやって他人の死と自分の幸せを切り分けているんだろう。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
とりす
私もそうですよ。
母が亡くなっても父を亡くしても祖母や大叔父や曽祖母を亡くしても義妹や叔母を自死で亡くしてもやっぱり悲しくても寂しくてものうのうと生きています。
なんかよくわからないけど、生きている人間はそうやって生きて行くしかないんじゃないでしょうか?
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください