注意事項・以下の要素を含みます
微ホラー 長文
目を覚ます。
見慣れた自室の天井だ。光を遮る役割を果たしていないカーテンから光が漏れ、薄めたカルピスウォーター色に部屋を照らしている。目覚ましは鳴っていない。否、そもそも目覚ましはかけていない。モゾモゾと布団の中で丸くなっている身体を動かし、伸びをする。一般的男子高校生(陰)の起床。部屋は畳が敷かれており、大体八畳ほどの広さ。壁際には制服やら私服やらが無造作に置かれており、また別の壁際には未提出の課題と前回のテストと図書館で借りてきた本に占領されている勉強机が見える。自分の生活が難なく送れているかと聞かれれば、僕は首を横に振って、いいえと答えるだろう。スマホの充電コードを抜き、時刻を確認すると、朝六時ピッタリだった。相変わらず自分の体内時計は残酷に正確に朝が来たことを伝える。少し気分が沈んだ。気分が沈むの対義語は気分が浮くになるんだろうか。動詞を逆にしたなら意味も逆転して、つまるところ、二回逆にしているというわけだ。いや、よく考えろ自分。二回逆の意味にするとすれば、例えば、そんなことないという言葉の逆はそんなことなくない、になる。もう一度逆にするとそんなことなくなくない、だ。そんなことないとそんなことなくなくないは同じ意味である。この例に倣うと、やはり、気分が沈むと気分が浮くの意味は同じになるのだろうか。視界の端にあるスマホが六時二分になったのを伝える。馬鹿馬鹿しい思考を切って朝の支度をするにはいい時間だ。
詳しい描写は省こう。僕は一般的家庭で一般的日本国民の朝ごはんを食べ一般的行ってきますをした。普通と平凡のハイブリット。少しくらいは漫画のような出来事に巻き込まれてみたい。今はそう思っていても、実際に巻き込まれてみればすぐに飽きてもう解放してくれと神に懇願するんだろう。そんな僕が目に浮かぶ。ああ、また浮き沈みの表現。なんで僕はこれほど水に関する表現の仕方が多いんだ、と心の中でセルフツッコミ。虚しい。通学路の話をしよう。太陽の温かみのおかげでいつもよりかは少し暖かい閑散とした住宅街の道。一つ一つ外装が違う家に見送られながら足を最寄駅へと進める。家から駅はそう遠くなく、珍しく徒歩で通えるくらいの距離に駅があった。田舎という付加価値により古びた塗装がもっと古びたように見えるこの駅にはいつもお世話になっている。定期を使って改札を通り、一つしかないホームに降りる。いつも通り人はいない。こんな田舎にこんな朝早くからこんな駅に来る人なんて、いない。一時間に数本しかない電車に乗り込み一人席を確保。耳にイヤホンをつけて学校の教科書を出し背もたれに体重を預けたら、朝の電車通学の始まりだ。ちなみにイヤホンからは何も聞こえてこない。なぜかって、音楽をかけていないに決まっているだろう。ただただすれ違う人が皆イヤホンをつけていたからわざわざコンビニで買ったものだ。学校では同じものが優遇される傾向にあるので、それに合わせているだけ。普段は音楽なんて聴かないしテレビもあまり見ない。好きな曲とか番組とかそういうのを聞かれる時があるけれど、僕は大体有名で誰でも知っているものを口に出すようにしている。学校の教科書を読んでいる点からよく真面目だという印象を持たれるが、実際はそんなことはない。眠くなる授業というのは、そのほとんどが先生の話を聞くだけの授業なので、教科書を眺めるという行為=眠くなりやすい、みたいなことがあればいいなと思って今日も教科書を読んでいる。つまるところ、僕は片道五十分ほどの退屈な線路の道を寝て過ごしたいというわけだ。そういえば自分について全く話していなかったような気がする。通学路の話は終わったし、次は自分の話……と思ったが自分を客観視するのはいささか恥ずかしい。一応外見には気を遣っているが、それでも最低限だ。ヘアアレンジはおろかヘアアイロンもコテも持っていない。学校の校則に髪型指定がないのが唯一の救いだろう。いや、表裏一体だ。クラスメートが洒落た髪型をして僕の隣に立ったら僕の悪さが目立ってしまう。やっぱり髪型指定のある学校に行けばよかったかもしれない。高校一年生の冬、まだ取り返しはつくはずだ。話を戻そう。好きなフルーツは林檎、好きな曲は有名アーティストの有名な曲、好きな番組は夜七時くらいから十チャンネルでやっている番組、好きな色は黒、好きなゲームは今流行っているやつ、と。こんな感じだろうか。ちなみに全て嘘である。教科書を眺めながら電車に揺られてもう二十分は経つだろう。そろそろ眠気が襲ってくる時間だ。ほら来た、眠気だ。僕はその不可逆的微睡にまぶたと意識とを預け、眠りに落ちていく。
_____起きた。まだ意識がはっきりとしないが、誰かに呼ばれる声がする。僕は誰かに呼ばれて起きたのか?ふと顔をあげ左の方を見れば、そこには窓があった。窓の向こうに薄汚れた壁が約一メートルほど離れた位置にある。駅にこんな場所があったかと不安を覚え窓から目を離そうとする。しかし目は何故か壁に釘付けになっていて離せない。ここはどこなのか。電車内は外の暗さに比例してだいぶ明るく思え、その明るさが外の暗さを際立たせる。と、視界の上に黒い髪の毛の束のようなものがたくさん見えた、ような気がした。怖くなって顔を背けると、背後に駅員が困ったような顔で立っていて、その人は僕の顔を不思議そうに覗き込みこう告げた。
「こちらは車庫でございますが……」
ああなるほど、僕は電車で寝過ごしすぎて車庫の方まで来てしまったのか、と一人合点する。それでも車庫はこんなに暗いものなのかと少し思考しようとしたが、先ほど見た黒いものの束が頭によぎり、これ以上考えるのをやめた。きっと深煎りしてはいけない。早くここから去らなければ。駅員に一言感謝を述べて会釈をし、車両の一番前のドアへと急ぐ。その時だった。後ろの方から、ベチャア、と。不快な音がすると同時に僕の足は固まった。振り返ってはいけない。動け足。頭はそう命令しているのに反射神経というのは怖いもので。振り返って駅員がいたところを見てしまう。そこに駅員はおらず、代わりに真っ黒な液体が広がっていた。なんだ、これは。これはなんだ。なんなんだ一体。腰が抜けてその場にへたり込む。駅員はどこに行ったんだ?それとも、あの液体は、駅員だったものなのか?足も手も身体の全ても震えていて使い物にならない。非日常というのはこんなに怖いものなんだと思い知らされた気分。__頭がパニックになっていたんだろう。自分に影が落ちた頃に見上げても、もう遅かった。黒くて大きな丸い物体が僕を見下している。手のような何かが生えては泥のように溶けて車両の床にシミを作る。現実では受け入れられないようなモノが、目の前にある。犬のように喘ぐ僕にそれは無慈悲にも覆い被さってきた。巨大な負の感情に飲み込まれ僕の意識はどんどんなくなっていく。もしかすると、これ、死んじゃうのでは。それでもいいかもしれない。いや、何を言ってるんだ僕はしっかりしろ意識を保て。壊れていく”自分”をなんとか動かして手を伸ばす。
手を、誰か、来るはずもない誰かに伸ばして。
「こっち!」
手に体温が伝わる。
それからは一瞬の出来事で、そのまま腕を引っ張られ黒い物体から脱出。自分よりも少し小さい女の子に手を引かれながら車両内、車庫、ホーム、駅構内まで走った。走って走って逃げ続けて。息はとっくに切れているはずなのに、足だって震えていたのに、何故かずっと走っていた。気がつけば、本来降りるはずだった駅より四駅ほど遠い都会の駅に立っていた。周りの雑踏が耳に入るたび、ああやっぱり夢なんじゃないか、とさえ感じられる。僕の手は女の子にしっかりと掴まれていて、さっきの出来事を嘘じゃないと物語っているのだが。女の子本人は危ないところだったーと言い肩を揺らしながら息をしている。髪型には詳しくないが、おそらくハーフツインというやつだろう。服は長めの白色カーディガンにほんのり桃色の長袖Tシャツ。白色のショートパンツに膝上まである白黒のニーハイソックス。今は冬だというのに、目の前の女の子はまるで春の服装。だけどその姿がどこか儚げに見えて、目が離せない。
そんな彼女との出会いが非日常の始まりだった。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
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