例えば、牡蠣を食べて毎度お腹を壊してしまう。でも、食べたい。
やめときなよ、お腹壊しちゃうよ?と、
周囲は止めるし、心配する。
これって、普通ですよね。
例えば、いつも何故か嫌われてしまうけど、でも、人を信じたい。
だけど、いつもうまく行かないから信じるのが怖くなってしまった。頑張る。
発作が出る、思う様に動けない。
周りは、気の問題だと言われてバカにする。
一つ目は、目に見える苦しさで
二つめは、目には見えない苦しさで
何故身体の痛みは心配されるのに、
心の痛みは嘘だと思われてしまうのか。
そう、思いませんか?
痛みの度合いを測る器械でも無けりゃ、
本当の苦しんでいる人は、救えないの?
だって、人は、自分の経験したことしか、目に見えているものしか辛さが分からないみたいだよ?
だから、辛すぎて我慢して自殺してしまうんだよ。
ただの腹痛と命に関わる病気の度合いと
ただの気の問題と死にたい位の鬱と
なんで社会に受け入れられる確率がちがうの?同じ苦しみなのに、なんででしょう。
心の医療も、目に見えて発達すれば良いのにね!
そしたら、色んな受け入れ方が変わるんだろうな。生きやすく、なるんだろうな。
そう、考えたら、心の病気も、悪くない。だって、ピュアすぎて、なったんだからその証明だわ。
鬱になれない人よりよっぽどいい人生だわ。
って、思う様になりました。