誰も傷つけないお笑い、とか。
ふわふわ言葉、とか。
そういうものが流行るのは、『相手を傷つけないことこそ真の優しさである』『優しくないやつは生きている資格がない』という考えが前提にあるからこそだと思われる。
自分自身も『人は傷つけ合うために生まれたようなもの』なんてセリフを免罪符にして、『だから俺が多少傷つくようなことを言ってもウダウダ言うなよ?』とコワモテで言ってくるような人とはお近づきになりたくない。
一方で、いつ自分が『こいつは○○さんを傷付けた』『こいつを弾き出せ』みたいに言われるか、正直分かったものではない。極端な話、誰とも極力関わらずに黙っていないと安全を確保できないのではないかと思うときすらある。
こう言うと『いや、当たり前の事でしょ?』『普通、相手を傷つけないような配慮くらい出来るでしょ?』と指摘されると思う。
しかし、自分の当たり前と相手の当たり前は違って当然だし、自分が配慮のつもりでしたことが相手にとっては迷惑でしかないなんて事はよくあることではないか。
結局、『人の気持ちを察する力がないからそうなるんだよ』で終わりなのか?
人を傷つけないように気を遣っているなら、それだけで十分ですよ。
配慮があるなら、相手が深く心が傷つき何年も苦しむような、ひどい行為はしないでしょうから。
時には、「配慮でしたことが相手にとっては迷惑」も、誰だってあると思います。それはしかたないこと。
世の中は「お互い様」で、自分だって迷惑かけながら生きているという前提があるので、他人のことも「ありがた迷惑だけど、悪気はないから」と、だいたい許してもらえるのです。
もちろん、謝ったり、もし喧嘩になったら仲直りすることも必要です。
すぐに「傷ついた」と喚くヤツは、心が深く傷ついたのではなく、「ちょっと不快になった。プライドに傷がついた。」という程度なので、あなたが反省する必要はありません。
「傷つけた」と言って、責める人とは関わらないほうがいいです。
ちょっと傷つけ合ったり(互いに不快な思いをしたり)しても、人間関係を良い方向に修復できる人達と関わればよいと思います。