等身大の自分で人と接して嫌われるのなら、まあ自分はそういう人間なんだろう。と思う。
ここだとべつに、叩かれるとかないし、安心して『皮肉ってるつもりはないんだけど捉えようによっては皮肉ってるように聞こえる、聞こえてしまう』ぼくのありのまま思った喋りも書くことができるだろう。
相手を不快にはさせるが、ぼくは思ったまま書くことができ叩かれない……という安心点。うれしい。
特定の誰かを貶めるつもりはまったくない。
下げる気も上げる気も。
そこまで特定の誰か、他人に興味はない。
貴方自身のことを嫌いになるほど貴方のことを知らない。それは好きの感情も同じ。わざわざ貴方を見下したり持ち上げたりするほど、貴方のことを考えてなんかいない。
と思う。
考えるのは、自分が書いた言葉について。
そんなつもりはないのに、マイナスに捉えられて、誰かが私を見下げてきたらどうしよう……と。その誰かの『私に対する評価を下げる』行為はべつにいい。そんなのその人の勝手だし。
問題は私が書いた言葉に、その人にそれをさせる力があったことだ。そんなつもりなく書いたのにだよ?そんなの、不思議すぎて考えちゃうよ。私は、人を不快にさせる思いを乗せてしまったの?力を込めてしまった?
ぼくの能力を、考える。ぼくが書いた文章に、はたして本当に書いたときの思いが正しく乗るのか否か……
考えるのは自分の感情。ひたすら自分のこと。
君が不快になったことと僕が関係あるのかは置いといて、君が不快になったという事実に対して僕はじゃあどういう思考、感情になればいいか、どういう対応をすればいいかという……僕の次の行動を、僕は決めなければならない。
時と場合によっては独り善がりもありだろう。
ご都合主義で。
じゃあまたね