二重人格とかではないけれど、感覚的に自身の背後に存在するもう一人の自分が、「出来もしないくせに」と毎回嘲笑っている。
楽しいを、嬉しいを、悲しいを、感情という感情を、「本当にそう感じているのか?」「ソレはお前の周りに見せている演技や打算ではないのか?」と問いかけてくる。
その声らしきものが聞こえたら、直前まで感じていたものが霧散する。
「死にたい」という事以外は。
どうすれ死ねるのだろう。
私はこんな出来損ないが生まれてきた事が罪であり、出来損ないだからこそ、その罰として生かされているものなのだと思っている。
けれど、もうそれからは解放されたくて、存在した痕跡すらも残したくなくて、死んでしまいたくて、消えてしまいたい。
いつまで、生きていていなければならないのだろう。
必要とされていない人間だから、もう生きる事から解放してほしい。
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なんとなくわかる気がします。
僕の場合はそもそもあまり悲しいと言う感情がなくて、何も感じてないか、楽しいかが大体なんですけど、楽しいって感じた時とかに、別の自分が演技だ打算だって言ってるような気がして、せっかくの楽しい気持ちが台無しになっちゃうんですよね。
そして、無感情な時間が増えて、自分なんて存在しててもなんの意味もないんじゃないかって思い始めてしまうんですよね。
自分語りになってしまってすみませんでした。
すごく自分と重ねてしまいます。
私も二重人格ではないけれど、自分の行動や感情を否定する自分がいます。
頑張ろうとしてもどうせ無理だとか、
楽しんでいるつもりでも無理やり楽しんでるだけなんだとか、
他人を心配したり親切心やモラルから取った行動も打算だの保身だ偽善だなどと否定してきます。
どちらも自分だと自覚はしているのですが、ポジティブな感情がネガティブに支配されることは多いのに、その逆はゼロと言っていいほどない。
小瓶を読んで、ネガティブな自分に対して自分と同じように苦しんでるのだろうなと感じました。
そんな状況から早く解放されて欲しい。
出来れば死以外の方法で…と願っています。
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