自分は、生きている意味はあるのだろうか、と考えることがある。この先の人生を簡素に予想するなら、働いて食って寝て死ぬだけだ。周りの人たちのためにできることもあるだろう。感謝されることもあるだろう。でも、その人たちも「働いて食って寝て死ぬだけの生き物」だ。100年もしたら、自分のことを覚えているひとなんていなくなる。誰も知らない、生きた証拠はお墓だけ、なんて生きていたという事実すら消え失せるのではないだろうか。
そこで、やはり考える。
「生きている意味はあるのだろうか」。
そして答えがあった。
「生きている意味を自分が問うのではない。
人生のほうが自分に対して生きている意味を問うているのだ」と。
生きていればいろいろな困難が待っている。学校ぎつらい、人間関係がつらい、将来が不安、生きるのがつらい、死ぬのがつらい、暇がつらい、孤独がつらい。
そんな時、人生があなたに問いかけている。
「この状況をどうやり過ごす?」
「その経験から何を得る?」と。
その問いに答え続けていった先に、「生きている意味」が見えてくるのかもしれない。それは死の間際かもしれない。
「試されている」のだ。人間は。人生に。
そう考えると、なんだか結果を出したくなってくる。
試されている以上、人生のやつをギャフンと言わせたくなってくる。
簡単な悩みでもいい。やることのない休日に罪悪感を抱いた程度のシチュエーションでもいい。
この状況をどう打開してやろうか。そう考えると、打開する、突破するという「目的」「意味」が日常に生じてくる。
自分が人生に意味を付けるのではなかった。
人生が自分に意味を与えてくれるのだ。
働いて食って寝て死ぬだけかもしれない。でも、だからといってそれだけして死ぬのもシャクだ。
だったら、自分を好きだと思いながら死んでいきたい。
有名にならなくてもいい。名声を得なくてもいい。
多くの人から称賛されないと価値がない、なんてことはない。人間の価値はみな等しく「1」だ。100点満点ではなく1点満点の1点だ。それは減りもしなければ増えもしない。人間の価値はみな等しい。
さぁ、人生は今も問いかけている。
「そっからどうする?」と。
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ななしさん
おーー
すごい。なるほど
腑に落ちすぎた
そっからどうしようかな
どうするべきなんだろう
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