他の人の小瓶を見て、
「この人と俺は考え方違うな」
「俺には全く理解できない」
そう思うときがある。
でも小瓶はその人の全てではない。
その人の考え方に至るまでの経緯が、
全て書かれているわけでもない
その人の年齢、性別、境遇、これまでの経験。
自分と似たような経験をした人もいれば、
全くの別環境で育ってきた人もいるだろう。
環境が違えば価値観も変わる。
だから考えが違う人がいて当然のこと。
それでも俺はとあるタイプのカテゴリの小瓶が苦手で、見かけると「またか」と思ってしまう。
ましてや匿名ならばその小瓶から受けた印象が全てになってしまう。
話すことが出来たら、もしかしたら印象が変わるかもしれない。
というかきっと変わると俺は思っている。
しかし話すことは出来ない。
小瓶でやり取りしようにも「嫌い」というバイアスがかかってしまっているから返事の内容も否定的になりがちだし、そもそも相手とのやり取りが成立することを宛メの性質上期待してはいけない。
そういったことにコストをかけたって仕方ないから「嫌な気分になった」で終わってしまう。
もちろん俺の小瓶だって誰かからは受け付けられない程嫌われてたりもするのだろう。
そういう人は俺の存在を海に流して見えなくして欲しい。
それがお互いのためだから。
話したり歩み寄ったりしたら、思ったよりも
「嫌いな相手」が嫌いでなくなるかもしれない。
お互いに理解できるかもしれない。
それが難しいから世の中は「嫌い」で溢れてくる。
理想と現実は違う。
人間が「できたらいいな」と思い描くことはいずれ実現できると言うけど、全ての人と理解し合えて誰もが楽しく生きられる日は来るのだろうか。
できたらいいなと思う反面、この閉じられた宛メという空間ですら100%全ての人が理解して納得できるわけではないから無理なのだろう。
誰かを嫌うより、嫌いな相手も含めて皆幸せになれればいい。
幸せなら相手を嫌う必要もなくなるから。
それが出来ないから、やっぱり嫌ってしまうんだろうな。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
苦手なら苦手でいいと思います。
相性はやっぱりありますし。
わたしも苦手な小瓶結構あります。
理解できなくても、そういう人もいるって諦められれば寛容でいられます。
理解し合えない部分はどうしてもありますよ。他人だから。
でも、理解はできなても、人間だから共感することはできるし、同じ方を向くことさえできたら、前向きに話すことだってできるはずです。
理解し合えない前提で、でも、尊重しあって、おたがいを、「それがその人だよね」って開き直っていけたら、嫌いなままでもぶつかることがあっても、それなりに楽しくやれると思います。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください