僕は昔から人が絶望している時や悲しみに暮れている様子を見ると、なぜかにやけが止まらなくなるほど興奮します。しかし人が笑顔でいる時や喜んでいる様子を見ても興奮や嬉しさはなく、むしろ悲しませたい、絶望させたいという衝動に駆られてきました。
実際に故意に人を泣かせたり怪我させたりといった経験もあり、親族や家族、日常ですれ違う人々を見かけるたびに、自分が各個人を絶望のどん底に突き落とし、ネガティブ感情一色にする想像ばかりしてきました。
一方、自分自身は恐怖や不安、悲しみといった感情がかなり希薄で、他人がそのような感情を抱いていても、その辛さに対して情動的な共感はできていないと分析しています。これまでの周囲の反応を観察している限り、僕の考えや感性は周りとはだいぶずれているのだと思っています。
皆さん自身、あるいは皆さんの周りで上記のような考えを抱いている方はいらっしゃいますか。例え同じ考えを持っていなくても、この考えに対して何か思う所はあるでしょうか。是非聞かせていただきたいです。よろしくお願いします。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
七星
君の望む答えになるかどうかわからないけど、それはサイコパスの思考と良く似ている気がするよ。
そうだとしても、社会的に順応して問題が起きず、かつ孤立せずに生活がなりたっているのなら、特別な対応は必要ないかもしれない。
ただ、自分の思考が冷酷でかつ社会に害があることだと「客観的に見て」判断できるのなら、特別な対応が必要になってくる。
君は、君に共感してくれる人が居ないと感じるなら、一般的に共感される人がどのような行動をしているかも良く分かるはずなんだ。君は共同体の中にいるからね。
そう。君はあくまでも大きな共同体のなかにいる一人なんだ。
そして、その共同体には価値の基準がある。
それをコモンセンス(共同体感覚)というんだ。
人は一人では生きていけない。
だから、このコモンセンスというのは君が生きるために必要で重要な感覚なんだ。自分勝手になりふり構わず本能にしたがって今を生きるのなら、必ず壁に突き当たるはずなんだ。
自分自身を掘り下げるだけでなく、他人の行動や思考傾向を観察してごらん。そうやってコモンセンスを身に付けるんだよ。
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