人間の行動原理はたくさんあります。
カテゴリー分けするのは難しいですが、
「〜したい」「〜したくない(避けたい)」
「〜しなければいけない」「〜してはいけない」
「〜してもらいたい」「〜してほしくない」
というものがあるでしょう。
これらは単一では現れず、混じりあっていることが多々。
「〜したいけど、〜もしたい」
「〜したいけど、したくない」
「〜したくないけど、〜もしたくない」
これらは人間の本質に合致するため、内容はともかく、語尾自体はなんの問題もありません。
問題があるのは、
「〜しなければいけない」
「〜してはいけない」
これ自体に問題があるわけではありません。
ただ、これらは他のものより、はるかに大きな力を持っているということです。
「遊びたい」が7割、「寝ていたい」が2割、「塾に行かなければいけない」が1割の子供がいたとします。
「しなければいけない」を考えるのは、幼い子供であればほとんどしないこと。
そしてそれを教え込むのは親。
悪いことではありません。
ただ、それが自分を動かす原動力になるのか、自分の操り糸になるのか。
それが重い鎖のように絡まって、動けなくすることだってあります。
人間の脳は発達し、十分羽ばたく羽を持っているはずなんです。
それでも飛び立てない人間が多いのは、小さい頃に巻き付けられた鎖があるから。
それは自主的に外すことはできません。
人間に巻きついた鎖を、狼は牙で噛み切りたい。
牙がボロボロになるまで噛み切れたなら、狼は狼であることができます。
でも、そんなことは叶わないことも知っています。
だから狼は自分の身体を差し出します。
人間がたくさん触れて癒されるのなら、本望です。
狼を使ってください。
狼があなたを探すように、あなたが狼を見つけてくれるのなら、狼はすぐに走っていきます。
届かない牙を哀れに思ってくれる優しいあなたを、狼は見守り続けたいのです。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
通りすがりの狼
ぱんださんへ。
その飲み込んだ言葉は、きっと狼のことを想って飲み込んだ、ぱんださんの優しい一面だと感じています。
ありがとう。また。
ゆいさんへ。
最近疲れていませんか。
あなたの休む場所はありますか。
狼が枕になることはできますか。
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