こどものころからずっとそう
誰にもむねのうちをあかせない
みんなもある程度はそうだとはわかってる
誰かといる自分は
あくまでもその人といる自分でしかないよね
でもその乖離が大きくなりすぎると
人と接するのが苦痛になる
人といる自分
いまはもうほとんど別人
そこに自分の真実なんてかけらもない
そんな気がする
(そんな気がするだけで
かけらくらいあるだろうし
実は見えてしまってることもあるだろうけど)
要は演技するのがしんどい
人に会いたくない
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
私も似たようなものです。学生時代私はどちらかというと明るいちょっといじられキャラみたいな感じでした。でも、ひとたび家に帰ると、精神に病を抱えた人間がいたのもあってか、自分でも驚くほど顔に表情がなくなるのです。その人間の存在を私は人には言いませんでした。そんな自分は二重人格なのかもしれないとさえ思っていました。でも、どちらの自分もほんとうの自分ですね。そして、表では明るく振る舞える自分をある意味では誇らしく思っていました。なぜなら、暗そうな自分を見せても誰も笑顔にならないからです。どちらも自分であることにかわりはない。だったら、たとえそれがある程度用意されたものであっても、そちら側を表としている方が、まだマシという気がするからです。そして、心のうちなどそう簡単に明かせるものではありません。あかせる人もいますが、それは用意した自分が話しているのです。ある程度用意している人が大半だと思います。
太宰治の人間失格読んだことありますか?ある体で話をすすめますが、あの中に君の道化は用意した顔だと指摘する鋭い友人が出てきますよね。でも、もし本当にそんな友人がいても、だって本当の自分はちょっと暗いから。そっちを見せたっていい事ないもん。だったら、少しでも明るくいた方が暗いよりはいいでしょ?みたいに言えばいいと思います。あなたがどんな顔を表に、裏に持っているのかは知りません。ただ、人を痛めつけたい自分がもしも裏にいるなどというなら、今すぐ引っ込めて下さいね。そうでないことを願います。
ただ、もう演技するのが疲れたんだったら、自分が心を許せそうな人にだけ、本当だと思える顔を小出しにするのがいいんじゃないでしょうか。それにも疲れたんだったら、本来の自分でいることです。ただ、周りの人にどうしたの?って言われたりして、自分がめんどくさい思いはするかもしれませんね。その時にまた演技をするか、あるいは己を貫くかはあなた次第です。それはイコール周りにいる人の数や自分への印象が変化するリスクもはらんでいます。でも、まずは自分の中で、どんな自分でいたいかを考えてみてください。それが1番大切です。
ななしさん
それ、実はみんなそう
表裏のない人はいない
自分の中の100%をさらけ出してる人なんていないんだよ
だれかといる自分は、それはそれで自分の持ってる別の1面
だれとも一緒にいない時の自分も、心の中で悩んでる自分も、全部自分が持ってるただの1面に過ぎない
ただ、みんな誰でも臆病だから、一人でいる時や心の中で悩んでる自分だけが本当だと思いたくなる
だれかといる時に感じる言えない事や、暗いこと、傷つけるようなこと、そんな事を感じたり思ってしまった自分を受け入れるのが怖いだけ
でもね、多面性があるのが人間で、自分自身だから、自分でも思いがけない楽しさや喜びをだれかがきっかけで見つけることだってある
全てを否定をするのは辛いだけだから、一度肯定してみたらいい
それも自分自身なんだってな
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