自分がうまく生きれるのかわからない、そのイメージができないから
上手く生きるってどういうこと?
友達が、今いる少ない友達以上にはもうできないかもしれない。
私に彼氏なんて一生できない、それくらいの奇跡だったかもしれないのを、私は簡単に棒に振ったのかもしれない。
趣味もない
こんなに無気力に沈んで、人に媚びる気力すら失って、身からも心からもどんどんボロが出るようになって
それでもいいじゃないかっていう人もあるかもしれないけど
どうしても自分にはそう思えないし
なんかもう頑張れもしないし
ああ私ってどうしてこうなっちゃったんだろうって
こんなに辛いのは今だけだと思って生きてきたのはなんだったんだろうって
結局蓋を開けてみれば
こんな
もっとずっとはやく絶望すればよかった
そうすれば何か変わったかもしれないし
やっぱり何も変わらないかもしれないけど
今の私はきっと誰からも(どんなに過去に仲が良くても慕われてても、期待されてても)いずれ嫌われてしまうような人間に違いなくて
もっといえば、こんなことを考えるくらいならもっと、もっと人を気遣っていい関係を築くべきなのに
そんなこともできない。
誰かにまっとうに必要とされたいだけなのに、誰かに必要とされる確実な方法がわからない。
必要とされるはずだった才能はすべて枯れてしまったように思える。
必要とされるはずだった甲斐性の発揮する場が今あまりなくなってしまった、見出せなくなってしまったように思える。
だからもうどれだけ頑張っても勝ち筋は見えてこないんだというような気分になる。
人手不足のバイト先に自己犠牲的にシフトを増やすことでしか気を紛らわせられない。
それですら、ふと「私はどうしてこんなことをしてるんだろう」と思う。
べつにバイト先に上手く馴染めてるわけでもないし特別仲のいい人がいるわけでもない。
ただ、困りげな店長が「助かるよ」って言ってくれるそれがなんだか嬉しくて、自分のうまくいかない生活を覆い隠せるような気がするほどに何か満たされる思いで、私の生活が侵食されていく。
誰かが私の手で満たされる瞬間を見たい。この私が誰かを満たしたのだという事実が欲しい。
思えば私の人間関係はだいたいそのような欲求から起因している気がする。
満たす対象が孤独であれ支配欲であれ、優越感であれ不安であれ、親愛や尊敬の対象であれ、ちょっとした困り事であれ、なんであれ。
私は私のことをちっとも満たせやしないのにね。
他を満たすことでしか己の満たされないと思い込んでいる私はやはりどこかおかしくて
だけどそのおかしさを自覚したところでどうすればいいのかもわからないのだ。
私は満たされない人間と付き合う方法しか知らないんだ。付き合えないんだ。満たされた人間は、自分がつけ込むとっかかりがなくて怖いから。私がそうでしか人と使えないコミュ障だから。
そのくせ成長するにつれ、自分がつけ込まれることにはやけに敏感になってしまった。
ますます救えない。
だけどどこから私は間違えたのだろうと考えれば、その原因は明らかに、私がそのようなつけ込みつけ込まれる関係性しか認められず、見えなかったことに他ならない
それはどうにも認めざるを得ないことで。
だからといって、今さらその関係性の片方のみに過敏になったところで、もうどうにもなりはしないのにね。
もっと浅く人と付き合う術が欲しい。
深く(それは深遠なものなどではなく、凹凸のピースが深く醜く絡み合うように)繋がることでしかできない、あるいはできているのにできないと思い込んでいる人間は
いずれその条件の狭さや息苦しさに首を絞められて死ぬさだめだから。
だけど上手くいかない。
どうしたらいいのか。
私は何を間違えてるのか。
大きな間違いを犯したのだ!
と悟ったあの瞬間にはじめて気が付いた、詳細もわからないその過ちは、実際のところ、ずっと前から、私の身から流血のごとくこぼれ落ちつづけているものだった。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください