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母親を本当に心の底から愛してました。

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一緒に住んで暮らしてきた52年と半年
普段からラインもスマホのやり方も
教えてやっと一年まえからスマホデビューした
母親はラインの中でも音声で昔話で
自分が子どもの時代
炭鉱で働く家族で(モグラの子)と言われて
イジメられましたや、当時15歳で
福岡から東京にバスで職場に行った妹の事
それを悲しくて寂しくて見られなくて
泣いている母親を初めてみた母親の事など
当時の色々なお母さんの想い出を
話してくれています。
昭和24年生まれの母親の時代は
家族愛も相当なものだったのでしょう、
東京から妹の便りに学校に行っていなかった
ばあちゃんは便りの文字が読めません。
母親に便りを読んでと言われて
読もうとしますが
涙が出て文字が読めません。。
なので何日おいて皆んなでその便りを
読んで聞かせてあげた事など
皆んなそれぞれの中に愛があったんだなぁ。
と思いました。

そんな母親を亡くして3ヶ月ですが
母親の難治性喘息や
肺気腫などで治療のステロイドによって
色々と副作用にも母親は戦ってきました。
家では酸素に繋がれてホースをひこずってでも
洗濯をほして皆んなのおにぎりを使ったり
できる限りの事は自分の健康の為と
頑張りました。
僕も10数年まえから何度も何度も
毎年のように入退院する母親にお金や保険の面でも
朝から3時から夜は21時まで本業、副業頑張りました。
それでも母親を愛していたから
それが当たり前として
我慢とか思っていません、それが普通として
やってきました。

お母さんが亡くなって
3ヶ月いまだに喪失感はあります、痛いほど
感情の波があって悲しみや寂しさで
これからどっやって生きていけるかと
途方に暮れることもあります。
でもそれはそれほど母親を愛していた証でも
あります。
母親も一緒に52年間連れ添った息子
病気で風呂に入らなかったら
足湯でいい気持ちだったと喜んだ母親
それもこれもみんな
愛があった証です。

貴方の子どもでほんとに幸せでした。
いつの日か
また母親の元に帰るから
少し待っててなぁ。
最初は別れの辛さから後追いまで考えていました。
だけど、母親は明るくて病気にも
懸命に戦って精一杯頑張りました。
だから
僕は今はまだまだこの別れの辛さで
頑張る事はできませんが
もう、気楽にぼちぼち
できる範囲でやっていこうと思っています。
お母さんの事は1日たりとも忘れない。
また僕もそっちに行く時迎えに来てくれると思って残された日々をその思いで
一緒に暮らしていきます。

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