自ら死ぬ事は醜いどころか美しいと捉えられてきている感覚はある。
例えば切腹、神風だとか。心理学のタナトスなんかを考えてみても良い。
何千万円とコストを掛けて数十年も生きた挙句に床の上で惨めに誤嚥性肺炎で死んでいくよりかは、自らの意志でログアウト出来る方がどう考えたって良い。
だから有終の美にあたっては当人の旅立ちを拍手で祝福するべき。
おめでとう、そしてさようなら。
もう少し身近な例を出そう。
僕の母親だった人は難病で、もはやベッドの上でキノコの様に凝り固まって意思が存在しているかどうかすらわからない。
息子の前で大量の糞便を、しかもトイレでも何でもないところで撒き散らした数年前、あの時点で彼女は死んだ。
そこには祝福や惜別の言葉は一切無く、あるのは悪臭だけだ。
しかし自ら幕引くには今一つ理由が足りない。
僕の様な凡人は「ぼんやりとした不安」では死ねない。
やはり糞便を撒き散らす様にこんな駄文を書き殴り、自分の考えを時折整頓しなければならない。
notepad.exeという紙で尻についた糞を拭って、その色を見て健康状態を確認する。
そして確認が済んだら紙は水に流す、こんな風に。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
本当ですね。実は私がエアコンを可動したくない理由には、難病の父の死臭が残っているからです。
思い出したくもありません。
有終の美、かの有名な方々もそう人生を終わりにしてきましたね。
それも、最後の最後まで伝えたい事を伝えて。
生きる覚悟も、死ぬ覚悟も、強く定まらないといけないのかなと私は思っています。
結局、そこまで自分の腹をくくる生き方をしているのですね。共感します。
何かを変えるには、それくらいの覚悟が必要なんですよね。それだって、なるべく良い方へ何かを成し遂げたい。本当ですね。
それでいいと思います。ましてや、あくまでもネット上での出来事だったり。
何がわかるというんだ!と、なります。
それこそ、美しい生き方だと感じました。
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