少し前の小瓶で、私は『死にたくない』と話しました。
ここに居るみなさんに比べて私はずれていて、狂った考えだとも。
誤解を生まないよう、私から再度、思いを伝えてみようかなと思いました。
私の言う、『死にたくない』は、「幸せすぎて死にたくない」のではなく、『息をしていたいから死にたくない』のです。
私は、私の人生は適度に幸せで、適度に辛い物だと思っています。つまり、普通だと。
だから別に、病んでるとか、幸せすぎるとか、そういうんじゃないんです。
私は、ただ弱虫なんです。
怖い。死にたくない理由は、それだけ。
数秒、息を止める。苦しくなる。また息をする。
でも、死んだら苦しくもない、息もしない、考えもしない。
それが嫌だ。
私がとても幸せ者なら、こんなことは考えないでしょう。幸せで充実しているんだから。
逆にとても不幸でも、死にたいと思うでしょう。生きたくないほど辛いんだから。
でも私は、何もない。とりわけ不幸もなければ、幸福もないから、こういう変なことを考えてしまう。
私は、「死にたい。」とぼやく友達が嫌いだった。
だったらさっさと死ねばいいのに。
何度思っただろう。
もし科学が発達して、人の余生を移し替えることができたなら、その友達の生を貰うのに。
こんなこと、誰にも言えない。
気味悪がられるから。病んでると思われるから。だからここに呟いた。
誰か、私の不安を取り除いて。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
流していただいてかまいません。
私は、「死にたい」派です。
あなたの恐れる「無」のような状態が、私にとっては理想郷です。死んでしまえば何も起こらない、なにも考えずに済む、楽な環境です。
もちろん、人間らしくはありませんが。
明日何が起こるかわからない毎日を過ごすのはとても恐怖です。地震が起こるかもしれない、いじめられるかもしれない、恥ずかしい思いをするかもしれない。
私の寿命をあげられるなら、どれだけ幸せなことでしょうか。
少なくとも死にたくないのなら、海外行ったり海外行ったりいつもの道を遠回りしてみてください。(行ってみたい)
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