「生きていてくれてありがとう」か……
べつに
生きたくて生きているわけではないのに、感謝をどうやらされるらしい。
嬉しさを与えてくれてありがとう。かな?
幸せを与えてくれてありがとう。かな?
それとも
悲しみや苦しみを与えないでくれてありがとう?
不幸を、おこさないでいてくれてありがとう。
そういうことかもね。
君が生きていること。
君が生きて、幸せであること。
それに「ありがとう」って言いたいんだ。
君が生きて「死にたい」と願っていることに、
本当は「ありがとう」など言いたくないんだ。
それでも、言ってしまうとすれば、
ぼくがただ本当に
きみが生きていることに嬉しさが溢れて
感謝が零れてしまっただけのはなし。
この時きみの苦痛は考慮されない。
ごめんね。
頑張ってるといわれたり、凄いといわれたり、
感謝をされるなんていうのは、
相も変わらず苦手なんだ。
優しさゆえかなにか、わからないけれど……そのような言葉が砂浜に打ち上げられている。
誰かにとってわたしはすごいらしい。がんばっているらしい。そのままでいいらしい。
他にも誰かにとってのわたしは……と。いろいろあるみたい。私が自分に対して何かを思うのと同じくらいかな?もっとたくさんあるかな?それとも少ない?
ぼくはすごいよ!そしてすごくないよ!
僕はがんばってるよ!そしてがんばってないよ!
とーっても偉いし、ものすごい最低だし、最高にハッピーで、ちょーアンラッキー!!!
無理してでも働きに出るべきだよ。生きていたいならね。
無理なんかするべきじゃないよ。死にたくないならね。
……さて、今日もどうするべきか悩んでる。
あるいは今日もどうでもいいな。
読んでくれている貴方のことを考えると、お疲れ様と有り難うを書いておこうと思う。けど、
忘れるときがある。本来なにもかもがどうでもいいし、「感謝?労い?それ必要なの?言わなきゃダメ?めんどくさい。人と関わるのなんか大嫌いだし、言葉をなぜわざわざ他人に向けなきゃいけないんだ。誰とも関わりたくない。なにも言いたくない。めんどくさい。やめたい……」
こんなわたしもいるから、ほんと、気をつけないと傷付くんだから。バカとかアホとかいう2文字だけで簡単に傷付く生き物なんだから、ほんと、気をつけてよね!
言う側も、言われる側も、めんどくさい生き物なんだ。
はい!じゃあ今回の有さんの小瓶これにておしまい、おしまい。
次回もまたよろしくぅ↑!
【なんかよくわからない終わりのひとこと】
「明日も不幸でいよう。そしたらボクは、幸せを夢見るしあわせものでいれるから。」
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
名前の有る小瓶
琴吹月見さん、お返事ありがとうございます。
そうですねー。不幸も悪いことばかりじゃない、と思える人がおそらく少ないから私はこうして言葉を紡いでいるのだと思います。
不幸であることを苦しみにしない考えを。
苦しいことを不幸にしない考えを。でも、苦しいときは「苦しい」と言えばいい。不幸で痛いときは「助けて」と言えばいい。
私は実際、ここに書いている思考のほとんど、行動に移すことはないけれど……まあこんな考えもあるよと。
この小瓶を読んで貴方の中に生まれた言葉を届けてくれてありがとう。
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