親友が自殺しました。十数年来の親友で、喧嘩をしたこともありましたが、気がついたら仲直りしていてずっと仲が良かったと思います。唯一無二の親友で、どこへ遊びに行くにも基本親友と一緒でした。
親友は家庭環境や学校での人間関係の悩みから双極性障害を患っていました。もともと自傷癖があり、去年あたりからは過量服薬を繰り返すようになりました。過量服薬をした、という話を当たり前ですがその事後に聞き、とても心配しました。死んでほしくないと伝え、彼氏や両親からももうしないでくれと言われていたようです。家庭環境や人間関係は一向に改善せず、むしろ悪化して親友は過量服薬を何度も繰り返すようになりました。
よく鬱の方への声かけで「頑張れ」とか「自傷はしないで」という言葉はかえって本人の負担となるので良くないと目にしたことがあり、親友もそのようなことを言っていたことがあったので、私は親友の話をただ聞いて「辛いね」と共感することしかできませんでした。
最近になって学校も忙しくなってきたため親友と遊ぶ時間が以前よりも減りました。ただ、親友にも彼氏がいて、仲も良かったのでなんとか大丈夫だろうと思っていました。自分に余裕がなかったことと、どう対応すれば良いか分からなかったということから、親友が苦しむ姿を見て見ぬふりをしていたような気がします。そんな日々が続き、親友は自殺してしまいました。親友は私のことを唯一の親友と言ってくれていて、それなのに私は自分に余裕がないことを言い訳に手を差し伸べることすらしませんでした。後悔しかありません。
元々私は暗い性格で、以前から希死念慮がありました。もちろん亡くなった親友に比べれば周りの環境には恵まれていると思います。将来への不安から希死念慮が生じていたのですが、親友の自殺を経てより今後の人生に意味を見出せなくなり、希死念慮が強くなったように思います。しかし、私は小心者で早く親友のところへ行きたいのに怖くて行動に移せません。自傷や首を吊ろうとしたこともありましたが、どれも途中でやめてしまいました。自分が情けないです。生きていてもいいことがあるなんて思えません。大切な親友もいなくなってしまいましたし。
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ななしさん
お気持ちお察しします。
残された方もつらいですよね。
私も義妹が自殺してしまい、以前は何度も電話をしてくれていたのが、途中から何度電話しても出なくなってしまい、なにも出来なかった自分を感じて申し訳なさでいっぱいでした。
火葬場からの帰り道は私が骨壺を抱いて家に帰りました。もともと細い子だったのに、本当に小さく軽くなっていました。
そして、自分が死ぬのに失敗してしまったのも同じです。
失敗して思ったのは、私にはまだ怖いとか、苦しいとか思う余地があったという事です。
本当に死んでしまう人達にはそれすら思う余裕がなかったのかもしれません。その人達は
あちら側から呼ばれたのかもしれません。
私たちは、まだ生きろと身体が言っていたのかもしれません。まだこっちに来るなと言われているのかもしれません。
いつか、死にたくても死にたくなくても、どっちでもあの世に行かなければならない時が来ます。もうこっちにおいでと呼ばれるまでは生きていなければならないのかもしれません。まだ生きなければならない意味があるのかもしれません。
残された小瓶主さんのこれからの人生にもなにか意味があるのかもしれません。
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名前のない小瓶
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