それから…実家に帰りましたが、精神科医のアドバイスが効いたのは2~3ヶ月、両親は変わりませんでした。
毒母の働きに行きなさいに屈し、ハラスメントからの抑うつ、不安障害の状態で職場復帰しました。セクハラ男とパワハラ女と働くのは辛かったですね。相談機関に本人らに謝罪を訴えました。ハラスメント防止や啓発の講座の要望もし、それは実現しました。
更に、復帰の為の支援の方がつきました。
4月~異動になり勤務先が変わりました。今度はマウントおばさんに倒れました。身体は容易に元に戻りませんから、重箱の隅を突っつくように叱責されるのに自分が否定され辛いのと、自分は自由に行動できるのに、私を他の職員と交流できない環境に意図的に追い込みました。
そのせいで、病気の上に更に精神的に孤立に追い込まれました。
これも、ひとは変えられないけど、自分を変えるのも難しいけれど、状況を打開しようと管理職に相談し、少しずつ孤立の環境改善をしています。
倒れて休んでも、渇をいれているんだと起こそうとする毒母に抑うつは怠けているのでは無い、起きれないと言いました。
そして、毒母は私が何も言わないのに働いていて、休み遊びに行って何が悪いんだとキレました。
私は、平日は実家、休日は自分の家で暮らしています。
古い家ですが、住宅ローンも抱えています。
親とは殆ど話しません。
孤独も辛いし、不安でひとが怖いのでショッピングセンターなど人ごみは行けませんし、感染恐怖で外食もできません。
それでも目の前の事を一つずつ、自分のペースで生きようと思います。寛解していません。身体は元に戻っていません。時に、また死にたくなったり、自傷もするかもしれませんが。
助けを求める事は時に必要だと思っています。孤立は意固地になり、悪い感情も産み出します。たくさん号泣しました。胸も痛みます。これからも辛さを抱えていくんだと思います。
時間の進み方はそれぞれ違います。焦ると時間は進まなくなります。ゆったり歩んでくださいとか。
亀さんのペースでとか助けを求めた方の色々なアドバイスや温かい言葉でひとを信じられない自分も存在する中、何とか日々生きています。