「わざとらしい」がなんか苦手。
人も、人から紡がれた言葉も、作品も、「いいでしょ?素敵でしょ?」っていうのが透けて見えてしまった時、それが本当に素敵だったとしても、その奥にある承認欲求みたいなのを感じ取って一気に興ざめする。
最近はツイッターとかインスタで、そういうわざとらしさを感じてしまう写真を目にする機会が多い。そこにいる人も、身につけている服も、置いてある飲み物も、全部が事細かに計算されたような完璧な写真。
シャッターを押す瞬間よりも、いいねに心をときめかせてそうだなって(偏見だけど)思ってしまうような写真。
どうしてもそういう写真を見ていると、なんかこう具合が悪くなるというか、いやそれは言い過ぎたけど、何となく不快な気持ちになる。
そこに意図的にエモさを演出する言葉が添えられていたらもっとウッとなってしまう。でも逆にその言葉が「一生懸命考えて撮りました!」だったら全然いいし何なら写真への不快感も消える。
要は計算してない風にして計算しているのが苦手。あざといっていうのかな。いやそもそも作品って計算してそれを表現するものだからそんな表現するのは違うんだろうけど…。
あ〜〜難しいなこの感覚言語化するの。あと書いてて思ったけど私SNS向いてないな。(笑)
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ななしさん
同感です。
そういう写真や言葉を目にすると、ちょっと居心地悪いような気分になります。(表現すること自体は、自由だと思いますが…)
ギラギラした承認欲求を感じたとしても、心地よく鑑賞できる写真や言葉には、個性があると思います。
たぶん「わざとらしさを感じてしまうもの」は、型にはまっているんだと思います。
「何かを真似したセンスよさげな感じ」を、いかにも独自の感性っぽく見せかけているのが、イタいんです。
クオリティが低くても、一生懸命に自分の個性を出そうとしているもののほうが、素敵だと思います。
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