高校1年生になって中学生の時不登校で切り替えて一年生から頑張ろうと思っていたのですが…ここ最近全く学校に行けていなくて中学の時と同じようになってます。
コース制のコースも委員会も参加できていなくて
自分はもう無理なんじゃないかと考えて、学校辞めたく思います。親が離婚して母の方に居ますが父とも繋がってはいるのですが学費等は全て母負担なので行かないとって風になっているのと、中学生の時に中卒の人は今は笑顔だけど当時は辛いしなかなか仕事見つからないよと言われてたのでそれを思い出して行かなきゃというプレッシャーでなかなか行けない状態です。
何故いけないのかを母に問い詰められた時に勇気を振り絞って自分もうだめなんじゃないかっていうことを伝えた時になんでいけなくなったのかを考えてそんな簡単に学校辞めるって言わないで欲しいと言われました。実際中学の時も何故急に行けなくなったのかとか自分でもわからなくて。わからないまま中学を卒業しました。今もその時のように何が行けない理由なのかわかりせん。
ってことを考えている時に必ず思うことが自分より辛い方しんどい方たくさんいるのに自分が1番辛いとかを考えている自分がうざいです。
死にたいって思うんですけど死にたいなら死ねよって思います。自殺とか簡単だろって。
電車にひかれて…という死に方はもし自分が死んでも他の人々に迷惑をかけるので嫌です。
もっと簡単に死ねる方法を調べてばかりです。
でもなかなか出てこないのと、やはり何か心残りがあるのか自殺する勇気がないです。
死にたいくせに怖いんです。
早くこの世界から自分が消えたいです。
自分みたいなやつがってなるけど好きなものがあるのでそれが多分死なない原因です。
早く楽にすっと死にたいです。
今も生きていますか?もし生きていらっしゃったら長く拙い文章ですが読んでいただきたいです。
私も中学二年生の頃に塾が嫌で似たようなことが母とありました。中学一年生の頃は成績がよかったせいでレベルが高い塾に入れられていたのですが塾では友達ができず、またサボり癖があったせいで宿題をせずにどんどん授業についていけなくなった結果塾が大嫌いになりました。1、2ヶ月の間、何度も泣きながら辞めたいと言いましたが「他の子は頑張っているのに」と辞めさせてくれませんでした。が、最後はなんとか辞めることが出来ました。
それから半年ほどは精神を病み、ストレスで勉強が出来なくなりました。その期間ずっと「辛いなぁ」と思いつつも「塾についていけなくなったというだけで精神を病んでいるなんて、他にいる毒親に悩んでいる人や飢えに苦しんでいる人などに対して情けないと思わないのか」とも考えていました。
でも、今だから言えることですが辛さにランクなんてありません。有川浩さんの『キャロリング』という小説に「不幸の比べっこなんてしても仕方がないでしょ」というセリフがあります。本当にこのとおりだと思います。この世にいる誰かの不幸を想像して比べてもその人の不幸なんてあなたには分からないし、逆にあなたの辛さも誰にも分かりません(傷つける意味で言ったのではありませんがもし傷ついてしまったらすみません)。
難しいことですがこのことを割り切ってみることができれば少しは楽になれるんじゃないでしょうか。きっとこの先も他の人と不幸を比べてしまうことがあるかもしれませんが、頭の隅にこの言葉を置いていて欲しいなと思います。
それと、死にたいと思うのはよっぽど心が疲弊している証拠だと思います。精神が健康な今だから分かりますが日常生活の上で長い間死にたいと思い続けることなんてありません。何か少しやらかして死にたいと言うことはあっても本当に死にたい訳ではありません。死にたいと思っているということはそう思うまでに心が衰弱するなにか辛いことがあったということです。そんな辛さに耐えたあなたは本当に凄いと思います。
最後になりましたが、私はあなたに死んで欲しくありません。しかし死ぬと決心したとしてもそれを止めることもできません。ただ、日本のどこかにあなたに生きて欲しいと思っている人がいることを覚えていてください。
自分語りばっかりの読みづらい文章で申し訳ないです。