会話はキャッチボールに例えられることがある。
思春期も終えて大分経つくらい生きたから、
多分、自分はボールの投げ方が独特なんだろうなと思ってる。
だから、人と関わることが好きじゃないし、
関わるストレスより、一人を楽しむことを選択したい。
とはいえ、街に住んでいるので、会話を避けた生き方はしてない。
最近、仕事内容について、人と会話することが増えた。意見を求められることが増えた。
なるべく伝わるようにボールを投げようと思っている。
それに疲れた時は、きちんと投げることをあきらめて、
休むか、とりあえず投げ返しとく。
いつも正解が返せなくてもいい、は学んだ。
それでも、たまに、何気なく投げたボールが何処かに行くことがある。
相手に向かって投げたよな?と思うのに、相手からボールが返ってこない。
受け取ったかどうかも見えてこない。
もしかして、相手の居ないところや、受け取れない速度だったかと心配になる。
多分、そういう失敗をしてきた嫌な気持ちがよみがえるんだと思う。
でも、そうやって、何故か他人とずれてしまう経験を重ねたおかげで、
今回のそれは、そこまで暴投じゃなかったことも分かる。
ますます、謎めいていく。
私は誰の為の意見を投げて、それは何処に行ったのだろう?
そしたら、最初から、自分が気持ちいいように、思いっきり投げとけば良かったなと思う。
やっぱり壁に投げて、それが跳ね返ってくる方が楽しいなって、1人の世界にこもりそうになる。
投げるの下手だけど、下手なりに色々削って学んで投げてるから、
それが行方不明になるのは、辛いし、さみしい。
これは、何処を目指して投げた訳でもないボールだけど、
自分が知るより広い世界に転がって、誰かの散歩道に落ちてるといいなと思う。
人と関わるのが辛くて辛くて堪らない時、
救ってくれたものの1つが、昔の人が書き残した文章だった。
何処に行くか分からないけど、思いっきりボールを投げてみようとする今、
その人たちの気持ちがなんとなく想像出来た気がする。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
読んでくださり、ありがとうございました。
お返事を読んでいると、良かった、届いたんだという気持ちになって、なんだか安心しました。
世の中の色々な規格が、自分と合わなさすぎるので、めげそうになっていました。
でも、私も、もう少しやってみようかなという気持ちになっています。
お返事をくださったあなたのおかげです。
ボールを投げてくださって、ありがとうございました。
私も確かに受け取りました。とても嬉しかったです。
ななしさん
あなたがどういう意味を込めて放ったボールなのか、きちんと理解出来てないままですみません。
それでも
私の前に転がってきたボールをみて、「ああ、私と同じような方がいらっしゃるんだ」と知ることが出来ました。
不謹慎なのかもしれませんが、それを知ることが出来て嬉しかったです。
私は言葉に言い表すことが苦手なので、いつもこのむなしさ?みたいなのを上手く表現できなかったのですが、あなたがそれをキャッチボールに例えて表現してくださったおかけで、「そうそう、そういう感じ」と、なんだかとても嬉しかったのです。
それと、通じてるという喜びを感じたお陰で、逆に
伝わらないということは、それだけでストレスを受けることなんだなと、改めてなぜこんなに辛い気持ちになるっていたかを知ることが出来たように思います。
下手なりに学んで投げてきたのに、それが行方不明になったりあらぬ方向に飛んでいってた時の気持ちは、本当に辛い。
若い頃には笑い飛ばせたけど、努力してきたからこそ、今は笑い飛ばしきれないものがあります。
もう、ボールを投げるのが怖くて、やめてしまうこともありますが、それでも、自分なりに生きていこうと思います。
この小瓶に、言い様のない力を頂きました。
ボールを投げてくださってありがとうございます。
私のもとに、しっかりと届きました。
行方不明になることなく、まっすぐに。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください