10代の頃、父親の「お前のためだ」という気持ちと考えの押し付けにより、進路も行動も制限されていた。人の気持ちがわからない母親に、何度も心を傷つけられた。自分はこう思う、といえば、父親は、「でもね」「だけどね」「そうかもしれないけど」と私の話を否定する。高校生で化粧の真似事をしたら、母親は、「水商売の女みたい」と汚いものを見るような目で吐き捨てる。
たがら、私は自分の気持ちや考えを話さなくなった。気がついたら、他人にも話せなくなっていた。助けを求めることができない、うまく相談できない。生きづらい、その事に気がついたのが 育児に躓いて、40歳になってから。両親は高齢、痴呆も少し入っている。今、恨み辛みを言ったら、弱ってショック受けたりして死ぬかもね。自死もしかねない。ずるいよ。同じように親に恨みを持っていて、でも、その親が病床の人が、その親の葬式の時、棺桶に気持ちを書いたもの入れるつもりだって話聞いたとき、涙が溢れて嗚咽した。私の中の重くて燻り続ける物は、たぶんそこに糸口がある。
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小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
ななしさん
こんにちは。
親を選べない辛さってありますよね。
育ててもらった恩と軽々しく使う方がいますが、
親を長年、親として振る舞わせてあげた子供の苦労は、何故労われないのだろうと思います。
色々な生き方がありますが、
何か選択を迫られた時は、小瓶主さんが心から笑顔になるものが選ばれればいいなと思ってます。
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