中学校時代からの友人と上手くいかなくなりました。
この10年ほど、毎週遊んだりするくらい、毎日連絡を取っているくらいの仲でした。
仕事終わりにお互い元気があれば平日でもカラオケに行ったり、ゲーセンに行ったり、お茶したりしていました。
仕事がしんどい中、その子とするLINEが癒しだと私が言ったら、「私もそうだよ」と言ってくれたことがとても嬉しかった。
私と一緒に旅行に行くのが1番楽しいと言ってくれたことが、本当に嬉しかった。
何でも話せたし、いくらでも話していられた。
遊んでいても、電話をしていても気づいたら夜があけてしまうよもう少しで!なんていうことがよくありました。
ちょうど、昨年の今ごろに、その子との距離が上手く掴めなくなりました。
きっかけは私が自分の気持ちばかりを色々ぶつけすぎたせいだと思っています。
その時、自分にとってしんどい時期で、相手の気持ちを全く考えられていなかったから。独りよがりになっていたんです。
冷静になって振り返ってみても、ひどかったと、未だに自己嫌悪で苦しくなります。
向こうから距離を取られて、そこでやっと気づいて。
謝って、向こうからもごめんね。が来て。
また色々遊んだりしたいとも言ってくれていて。
でも、前のようには連絡は返ってこなくなって。
約束をすることも減って。
そこから、一年がすぎました。
去年の春くらいが1番しんどくて、情緒が安定しなくて、消えたくて死にたくて、消えたくて、でも死ぬ勇気なんてないから、
車が走っているのを見たり、川辺を歩いている時にこのまま楽に自然な流れでこの生を終わらせられないかなんて、そんな、死ぬことの恐怖で眠れなくなることのある人間なので、本当は願ってもないのだろうに馬鹿げたことばかり思って、ずっと思って。
仕事中も頭から離れなくて、突然涙が出たりして。
ああ、やばいなぁ。と思いながら、どうしようも出来ず。
気をまぎらすためにあれこれ読んだり、相手に期待するより自分が変わるべき!と動いてみたり、色々試してみたりした結果、
今はずいぶんと落ち着いた実感があるのですが。
やはり、その子に関する悩みでとどまっているのは変わらなくて。
その子とは連絡はちょこちょこ取っています。主に私の方からです。
会う頻度は世界が変わってしまったのもありますが、がくんと減りました。
会えないことはもう、時期も時期なのでそこまで辛くないのです。
ただもう、連絡を待つのが反応が怖くて、いつも返事を待つのがしんどくなってしまいました。
かといって全く連絡をしないのもしんどくて、悪循環です。
連絡が返ってくる時は安定しているのに、途切れた途端にざわざわと不安になっている自分がいて、いかに依存していたのかと。実感します。
安定している時は大丈夫なのですが、
時折ふと不安定になってこんなにしんどいのならもうすべて終われば良いのにと希死念慮のようなものに取りつかれてしまいます。
良い年の大人になって、本当ならば自分がこどもたちに返していかなければいけない年齢だと、
そう思うのに、未だに私は自分のことばかり。
友だちはその子1人ではないし、家族もいる、住む場所もある、働く場所もある、食べるものにも着るものにも困っていない。趣味を満喫できる時間もある。
じゅうぶんに幸せなはずなのに、
目の前にある幸せだけで、満たされていない、自分が本当に嫌です。
人はかわるものだと。
相手も自分も変わっていくから、自然なことなのだと。
それは成長なのだと。
人の気持ちは変えられない。
本当のことを知ろうとしたところで、
それはその人にしかわからない。
人間関係についてのアドバイスで、
そんな言葉を何度も見かけて、理解はできるし、その通りだなとも思うのに。
ずっと忘れられなくて苦しい。誰にも話せない。
でも、誰かに聞いて欲しかった。
そんな思いで小瓶を流します。
たどりつくかはわからないけれど、誰かの元にたどりついて、見ていただけたとしたら、こんなにまとまりのない、幼すぎる言葉たちを拾っていただいて、ありがとうございます。
たぶん、自分が飽きるまではずっとぐるぐるするんだろうなとわかっています。
どうか、いつかの自分がこのことを振り返った時に少しでもこの思い出がやさしく、切なく溶けていくようなものになっていることを願って。
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください
お返事がもらえると小瓶主さんはとてもうれしいと思います
小瓶主さんの想いを優しく受け止めてあげてください